第65話 不穏な情報

「山賊に、ですか?」


 ぼくはおうむ返しに問い返した。


「ってことは、ダーレンの一味の残党がいるんでしょうか。討伐隊が向かったと聞きましたけど、逃げられたんですか?」

「いや、討伐自体は成功している。下っ端の何人かは討ち漏らしているかもしれんが、そいつらは逃げるので必死で、親分の復讐どころじゃないだろう。

 おまえを狙っているのは、ベルトランという山賊だ」

「ベルトラン、ですか」


 聞いたことがない名前だったので、ぼくはまたもやおうむ返しにつぶやいた。


「こいつもけっこうな大物で、百人規模の山賊団を率いている。ここのギルドの管轄内にはこいつらの縄張りはないが、縄張りがあるアイロラのギルドでは、かなり苦労していてな。数多くの商人が襲われ、護衛の冒険者ともども、殺されてきた。

 もちろん、何回も討伐が試みられているんだが、手下だけでなく、ベルトラン自身の戦闘能力がずば抜けていてな。これまでに、数多くの賞金稼ぎや騎士が、返り討ちにあっている」

「そんな大物が、どうしてぼくなんかに? 山賊って、横のつながりがあるんですか」

「普通はないが、こいつの場合は特別なんだ。

 死んだダーレンとベルトランは、いわば兄弟分みたいな関係にあった。なんでも、やつらの間で縄張り争いが起きた際に、親分同士の一騎打ちで決めようという話になってな。この時の戦いで、意気投合したんだそうだ。ちなみに、兄貴分がベルトランで、ダーレンは弟分だ」

「そのベルトランが、弟分が退治されたのを聞いて、倒したやつを狙っていると。でも、それをしたのがぼくだと、わかりますかね?」


 こうたずねると、ゴドフリーがあきれたような顔をした。


「ギルドから、ことさらに発表したりはしていない。だが、ここに死体を持ってきた時に、おまえの顔は間違いなく見られているだろう。

 それに、ダーレンといえば大物の賞金首だったんだ。それが倒されたんだから、話題になっていないはずがない。やつらがいつおまえにたどり着いても、おかしくはないだろうな」

「そうですか……」


 ぼくは、うーんとうなってしまった。なんだか、面倒なことになってしまった。悪者に襲われていた女の人を助ける、ただそれだけのつもりだったのに。


「何、悪いことばかりじゃないぞ。ベルトランには、ダーレン以上の賞金が掛かっているからな。もしも、やつも倒すことができれば、また金が手に入る。もう一人、美人の奴隷を買えるぞ」

「それは遠慮しておきます。今のところ、じゅうぶん間に合ってますので」


 笑えないジョークに、ぼくは首を振った。そして、ソファーの上で姿勢を正して、頭を下げた。


「わざわざ教えて頂いて、ありがとうございました」


 ゴドフリーはひらひらと手を振って、


「気にするな。懸案になっていた賊を倒してくれたやつが、その報復で殺されたとなったら、俺も寝覚めが悪いからな」

「そいつら、ぼくを見つけたら、どうしてきますかね? 闇討ちでもしてくるでしょうか」

「アサシン職のやつでも雇って、暗殺させるのが簡単なんだろうが、どうだろうな。子分を引き連れて、襲ってくるかもしれん。

 以前、ベルトラン山賊団の幹部の一人が討伐された時の話だ。そいつを倒した冒険者も用心して、彼らの縄張りから離れた街へ移っていった。ところが、護衛依頼で街を出た時に、彼は山賊に襲われた。

 襲ったのは、ベルトランとその部下だった。ご丁寧にも、護衛されている商人や馬車には目もくれず、その冒険者だけをかっさらっていってな。後ほど死体で見つかったが、発見された死体は、ひどいありさまだったそうだ」

「ベルトランとその部下、ってことは、ベルトラン自身が出てきたんですか?」

「縄張り争いを、一騎打ちで決着つけようとしたやつだ。本人自ら出向いてきても、おかしくはない」


 ぼくはもう一度お礼を言って、ソファーから立ち上がった。部屋を出る際、もう一つだけ質問した。


「あ、そうだ。その人、すごく強いってことですけど、どのくらい強いんでしょう?」

「ベルトランとダーレンが兄弟分になったきっかけは、二人の一騎打ちだったと言ったな。その勝負に勝ったのは、ベルトランだった。まあ、そういうことだな」



 ぼくはギルドを出ると、「探知」スキルをオンにしてみた。だけど、ここは街の中ということもあって、たくさんの反応が返ってきてしまう。それぞれが様々に動き回っていて、何か怪しい動きをしているやつがいないかと探しても、よくわからなかった。

 ぼくは探知を使ったまま、通りを歩いた。メインストリートから外れて、リトリックでもちょっとさびれた地区へ向かう。

 やがて、小さな教会の建物が見えてきた。この国の宗教はアルティナ聖教が主流だけど、べつに国教というわけではない。この、ちょっとさびれた感じの教会を見るに、この街での信仰は、あまり盛んではないんだろう。教会なんて、そのくらいの方が好感が持てるかもだけど。

 その教会の前まで来ると、探知に映る反応はめっきり減った。あるのは、ぼくが来る前から教会付近にいたらしい、数個の点だけだ。ここまで確認して、ぼくはようやく一安心した。どうやら、変なやつにつけ回されたりはしていないようだ。少なくとも、今のところは。

 教会の前を素通りし、来たのとは別の道を通って、宿へ戻ることにした。


 帰り道を歩きながら、ぼくは考えた。

 やっぱり、今のうちに街を出た方がいいのかな。ギルド長はああ言ったけど、もしかしたら、山賊に雇われた暗殺者が襲ってくる可能性もある。そうなったら、常に襲撃に備えて生きていかなければならなくなるだろう。そんなこと、ぼくにはたぶんできないし、できたとしてもそんな暮らし、楽しくはないよね。それなら、山賊に見つかる前に、どこかに移る方がいい。

 宿に帰ると、リーネももう、部屋に戻っていた。


「すぐにでも、街を出られるべきかと思います」


 リーネに相談すると、彼女は即座にこう言った。


「やっぱり、そう思う?」

「はい。ここにいては危険であることは間違いありません。ユージ様には、ここに留まる理由がおありですか?」

「そう言われると、特にないかなあ。友達が商売を始めたけど、べつにぼくがいなくてもだいじょうぶそうだし、だいじょうぶでなかったとしても、何にもできないし……。

 行くとしたら、どの街がいいかな」

「その山賊が縄張りにしている場所からは、離れた方がいいでしょうね」


 ぼくはうなずいた。実は、ギルド長と別れた後、受付嬢とちょっと話をして情報を仕入れてあった。ベルトラン一味の縄張りは、リトリックとアイロラの間の街道だそうだ。


「この街から西に伸びる街道ですね。とすると、反対の東にある街がよさそうです……デモイあたりはいかがでしょう」

「デモイ? どんな街?」

「ここから、馬車で五日ほど東に進んだところにある街です。

 リトリックよりは小さいですが、ちゃんと冒険者ギルドの支部もあります。近くには、規模は大きくはないですが、迷宮もあるそうですよ」

「へえ。迷宮か」


 この世界には迷宮というものがある、ということは話には聞いていた。けど、まだ実際に見たり、入ったりしたことはなかった。一度、挑戦してみたい気もするな。


「じゃあ、とりあえずはそこに行ってみることにしようか。どうせ動くなら早い方が良さそうだから、今日中に準備をして、明日にでも出発したいと思うけど、どう?」

「わかりました。さっそく、とりかかります」


 ぼくは再び街に出て、食料の買い入れなど、大急ぎで旅の準備をした。ひととおりの買い物を終え、冒険者ギルドにも、街を離れるとの報告を入れる。あと、やることといえば……そうだ。一応、大高たちの方にも、顔を出しておくか。

 ぼくは久しぶりに、あの三人に会いに行くことにした。



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