第64話 たいへんだけど楽しそう

 ぼくはリーネと二人で、順調にギルドの依頼をこなしていった。


 単純に人数が増えたのもありがたかったけど、夜営ができるようになったおかげで、離れた場所にも行けるようになったのが大きかった。これまで主にこなしていた常設依頼の他に、ちょっと遠くの村に現れたゴブリンを退治したり、森の奥深くに咲いている希少な薬草の採取、なんて依頼も受けられるようになった。


 大きめの依頼がうまくいった時なんかは、リーネに紅茶を入れてもらっていた。

 リーネの入れてくれる紅茶は、とても美味しい。前にも書いたけど、紅茶って、入れるタイミングがわりとシビアだと思う。緑茶やウーロン茶は、適当にお湯を入れて適当に湯飲みに注げば、けっこう美味しいものができるのに、紅茶は簡単に渋くなったり、逆に味が薄くなったりする。その点、リーネの入れ方は完璧だった。

 そういえば、リーネは自分でも、お茶を買っていたな。この世界では、奴隷には金を与えないのが一般的らしいけど、ぼくはリーネにもお金を持たせている。というより、ギルドから受け取った報酬は、宿賃や食費などの経費を除いた残りの半分を、彼女に渡していた。これについては、リーネはかなり抵抗していたけど、奴隷ではなくパーティーの仲間として扱う、と宣言したんだから、ぼくとしては当然のことだった。

 ただ、ここには銀行やATMなんてものはないので、すぐに使わないお金は、ぼくのマジックバッグの中に預かっているけど。そんな彼女がよく買ってくるのが、お茶の葉だった。やっぱり、お茶を飲むのは、彼女の趣味だったらしい。といっても、紅茶はかなり高いから、彼女が買ってくるのはたいてい、街売りのハーブティーだけれど。


 リーネはハーブティーにも詳しくて、いろいろなハーブを取ってくれたり、逆に危険な毒草を教えてくれたりした。ある時、依頼で森の奥まで出かけて、そこに他では見ない珍しい草があったので取ろうとしたら、「それはだめです」と止められた。


「珍しい毒草です。毒性が強いのに、飲んでから症状が出るまでに二日ほどの間が空くため、異状に気づいても、助けるのが難しいのだそうです」

「それはヤバいね。形がなんとなく、ハーブっぽかったから、取るところだったよ」

「確かに、そうですね。本当かどうかは知りませんが、実はお茶にして飲むとおいしい、と言う話も聞いています。ただ、香りにかなり癖があるので、そこで気づくことが多いらしいです」


 いくらおいしくても、二日後に死ぬんじゃ、飲みたくはないなあ。

 それにつけても日本茶だよ。久しぶりに緑色のお茶を飲んでみたい。それも、リーネが入れてくれた日本茶を。


 ランドル菓子店の様子も、一度だけ見に行った。

 以前に訪ねた時にはがらんとしていた店舗の中は、いつの間にか人と菓子の材料で溢れていた。例の三人も、あわただしく働いている。黒木は女性の従業員と一緒に、焼き上がったプリンをオーブンから運び出していた。大高はアーシアと何か打ち合わせをしていた。ぼくに気づいたアーシアだったけど、軽く一礼をしただけで、店の奥に引っ込んでしまった。かなり忙しそうだ。新田のやつはというと、例によってホイップ要員だったな。

 大高に話を聞くと、スイーツ事業は予定どおりに進んでいるという。


「今はまだ、販路を拡大している最中ですが、順調そのものですな」


 大高は、自信満々の調子で言った。


「ランドル菓子店の販売網が、まだなんとか生きていたのが助けになりました。そのつてを使って、試供品の形でスイーツを届けてみたところ、大反響でしてな。まだレシピの一部を出しただけの段階ですが、注文が殺到しておるのです」

「それで、こんなに人が増えたのか」

「需要に対応するため、この先は、店舗を増やすことも考えております。

 できれば、店頭での販売もしてみたいですな。今のところ、顧客は上流階級の人に限られておりますが、できれば一般の住民の方にも、我々のスイーツを味わっていただきたいと思うのです。それができれば、顧客の層は何倍にも増えますからな」

「なんだか、従業員と言うよりは、もう経営者みたいだね。たいへんじゃない?」

「たいへんはたいへんです。スイーツを作るのとは違って、こういうことには経験がありません。我々の手伝いをしてくれるような適当な人材がいないか、アーシアさんに探してもらっているところです。

 ほんとうに、苦労が絶えませんよ。資金も時間も、まったく足りません。商売がうまくいくというのも、なかなかに苦労するものです」


 たいへんだたいへんだと言いながらも、大高の声は楽しそうだった。


 昼は冒険者としての依頼をこなし、夜にはちょっと悶々としながら、リーネの隣で眠りにつく。

 そんな暮らしが一月ほど続いたころ、ぼくはギルド長からの呼び出しを受けた。


 ◇


 その日も、ぼくらは一日の狩りを終えて、冒険者ギルドにその日の成果を納めていた。報酬の受け渡しを終えると、カウンターの受付嬢からこんなことを言われた。


「ユージさん、このあとお時間はよろしいですか? ギルド長がお呼びです」

「ギルド長が?」


 リーネを先に帰らせて、ぼくは一人で二階に向かった。以前にも入ったことのある応接室で待っていると、ギルド長のゴドフリーが現れた。ゴドフリーはソファーに座るなり、金貨三枚をテーブルに並べた。


「例の山賊の件だ。アジトを調べたら、けっこう金目の物が隠してあったぞ。これが、おまえの取り分になる。情報料だけだから、たいした金額じゃないがな。少し時間をおいて、受付に問い合わせてみろと言ったはずなのに、ぜんぜん来ないのでな、呼び出しをかけさせてもらった」

「ありがとうございます。お手数をお掛けして、申し訳ありませんでした」


 ぼくは素直に謝罪した。そういえば、そんなことを言われていたっけ。すっかり忘れていた。


「金のことを忘れるくらいだから、仕事も順調なようだな。美人の奴隷を買って、二人で稼いでいると耳にしたぞ。なんとも、うらやましい限りだ」

「いえ、あれは何というか、奴隷商の人に、いいようにされてしまったというか……」

「ふん。だとしても、それでうまく運んでいるなら、よかったじゃないか。おまえなら、この先いくらでも稼ぎ直せるだろう」

「ありがとうございます。ところで、今日は何の用件で呼び出されたんでしょうか?」


 ぼくは尋ねた。話が、さっきのお金のことだけとは思えない。それなら、受付の人にでも任せておけばいいことだろう。ぼくが用件を忘れていただけで、ギルドにはしょっちゅう、顔を出していたんだから。


「うむ。用件と言うより、情報提供なんだがな」


 ゴドフリーは、にやりと笑って言った。


「おまえ、山賊に目をつけられているらしいぞ」



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