第61話 ご主人様はご主人様

 売買の手続きが済んで、ぼくとリーネは『マルティーニ奴隷商会』を出た。

 ドアの外で、リーネは改めてぼくに一礼した。


「ご主人様、これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく……じゃあ、行こうか」


 なんとなく気恥ずかしくて、ぼくはくるりと後ろを向き、ちょっと早足になって通りを歩きだした。リーネも、少し遅れて着いてくる。

 彼女はメイド服から、薄いグレーのワンピースに着替えていた。あからさまに奴隷、という格好でないのは助かった。持ち物は、背中に背負っているリュック一つだけ。冒険者として動きやすそうなリュックにしてくれたのはありがたいけど、剣や防具などは持っていない。まずは、冒険者としての装備から、そろえなければいけないな。


「いったん宿に戻って、これからの話をしよう……そうだ。部屋も二人分必要だな。どこかいい宿を知ってる?」


 今住んでいるのは、目立ちたくないこともあって、初級冒険者相手の安宿だ。二人で住むなら、もっといい宿にしたい。


「評判だけなら、いろいろと聞いていますが……どんな宿をお望みですか?」

「そこそこきれいで、ご飯が美味しそうなところ、かな」


 こっちの世界の相場がわからないので、大雑把な希望だけ伝えて、リーネに丸投げすることにした。彼女の話によると、このあたりの中級ランクの宿だと、二人部屋で銀貨八枚~十枚くらいになるらしい。その中から、よさそうな宿を教えてもらって、そちらへ向かった。幸い、部屋は開いていたので、今の宿から移ることにした。

 一人部屋を二つ借りることも考えたけど、これはリーネに反対された。主人と奴隷が、同じランクの部屋に別々に泊まるというのは、この世界ではちょっと異様に見られることらしい。別室にするなら、奴隷の部屋のランクをぐっと下げるんだとか。

 それなら、同じ部屋もまずいんじゃないの? とも思ったけど、これはそれほど珍しくはないそうだ。単純に、その方が部屋代が安くすむので。

 こっちとしても変に目立ちたくはないから、おとなしく二人部屋を借りることにした。ぼくが自制すればいいことだからね。ちなみに、ベッドはダブルではなく、ツインです。そこをうっかり間違える……なんてことは、しなかった。


 部屋を確保したところで、今度は買い物へ。まずは武具屋を訪れて、リーネ用の武器を選んだ。リーネは何本もの剣を手に取り、真剣な表情で剣身を見つめては、軽い素振りを繰り返していた。命に関わることだから、真剣さは大事だよな。


「そういえば、リーネたちはいつも、どんな魔物と戦っていたの?」

「そうですね。商会の訓練で相手にしたのは、ジャイアントラットや、ソードボアといった魔物です。といっても、依頼を受けるのは週に一度、あるかないかくらいでしたが」


 そうか。商会としても無駄にケガをさせたくはないだろうから、それほど強い魔物は相手にさせてはいなかったんだろう。少しずつ、慣らしていった方がよさそうだな。結局、リーネは二軒目の武具屋にあった、小ぶりの片手剣を一本購入した。

 それから防具屋に行って木の盾、革の防具一式を買い、服屋、雑貨屋なども回って、衣類や日用品のたぐいを買い足した。ひととおりのものは商会からサービスとしてもらってきたけど、独立して生活するとなると、追加で欲しいものも出てくるだろう。そのあたりはリーネに任せました。

 買い物になると女性は長くなる、とはよく聞く話だけれど、こっちの世界でも、このへんの事情は変わらないらしい。買い物を終えたら、もう午後の日が傾きかけていた。これから依頼を受注、という時間ではなくなったので、少し早いけど、ぼくたちは宿に入った。


 今度の部屋は、中級ランクということもあってか、ベッドの他に小さなテーブルや椅子、クローゼットも備え付けられている。ぼくは荷物を置いて椅子に座ったけど、リーネはぼくからちょっと離れたところで、立ったままだった。


「あ、楽にしていいよ」

「はい。ですがご主人様──」

「立ったままだと話しづらいから、座ってくれない?」

「は、はい。わかりました」


 リーネはおずおずと椅子に腰を下ろした。奴隷と主人の関係って、こんな感じなのかな。反抗的なのも困るけど、これはこれで、ちょっと面倒くさい。


「奴隷を持つのなんて初めてだから、最初に言っておくね。

 もうわかっていると思うけど、ぼくはリーネを、冒険者パーティーの一員にするために買った。決してぼくを裏切らない、信頼できる相棒としてだ。危険な魔物や盗賊を相手に、一緒に戦ってもらうことになる」

「はい」


 リーネは迷いなくうなずく。


「その代わりと言ってはおかしいかもしれないけど、ぼくはリーネを、同じパーティーの仲間として扱いたいと思っている。奴隷ではなく、ごくふつうの同僚としてね。

 だからリーネも、基本的には、そんなふうに行動して欲しい。例えば、ぼくが椅子に座ったら、ぼくが何も言わなくても、同じように座っていいよ」

「……はい。わかりました」


 ちょっと間を置いて、リーネがうなずいた。あまり納得していないようなので、ぼくは続けて、


「なんだったら、君を買うのに掛かったお金を、一時的に貸しているだけ、とでも思ってくれてもいい。だから、君がその金額を稼いでくれたら、奴隷から解放してあげてもいいと考えている。

 これからはそんな感じで、付き合っていって欲しいな」

「……わかりました。ですがご主人様。私は奴隷からの解放は、望まないと思います」

「あ、ああ。ありがとう」


 ぼくに対する信頼の証なのかどうか、リーネはこんなことを言った。うーん、このあたりの感覚は、ぼくにはよくわからないな。もしかしたら、地球とこの世界の人たちで、いちばん違うところなのかもしれない。

 なにしろ、ぼくには奴隷なんて存在を見たことも聞いたこともないんだし、「奴隷とどう付き合うか」なんて、想像したことさえないんだから。


「まあ、世間の目みたいなものもあるかもしれないから、まずいようなら、その時に教えて欲しい。ぼくはそのへんを、良く知らないからね。

 それからさ。ぼくを『ご主人様』と呼ぶのは、なんとかならないかな」

「ですが、ご主人様はご主人様です」

「そうなんだろうけど、ちょっと変な感じというか、むずがゆいというか」

「……わかりました。では、『ユージ様』で、いかがでしょうか?」

「うーん。じゃあ、それでもいいか。

 それからね。ぼくには冒険者としては、ちょっと特殊というか、秘密みたいなものがある。パーティーの仲間として、リーネには、それを話すこともあるだろう。だけどその秘密は、絶対に他の人には話さないようにして欲しい。秘密厳守で頼むね」

「はい。自分の能力を他人に話さないのは、冒険者として当然だと思います」


 リーネは、今度は力強くうなずいた。ちょっと勘違いされているみたいだけど、いいとしよう。結果は同じなんだから。


 ただ、そうは言ったものの、どこまで話すかだな。マジックバッグのことは、どうせ使うから話すとして、蘇生スキルと召喚の件はどうしよう。

 召喚については、話す必要はないだろう。話してもメリットなんてなさそうだし、話さなくても不都合はない。何か具体的な面倒ごとが起きたら説明する、くらいでよさそうだ。

 蘇生スキルの方は、話しておくべきかな。そうすれば、ぼくが死んでもリーネが生きていれば、死体? を安全なところに運んでくれるかもしれない。ただ、このスキルは特殊すぎるんだよなあ。「死んでも一度だけなら生き返る」なんて、なんだかアンデッドの化物みたい。この世界の宗教的な考え方は良く知らないけど、白い目で見られてもおかしくはないんじゃないだろうか。

 リーネは奴隷だから、主人であるぼくを遠ざけるようなことはしないだろうけど、問題は内心、どう思われるかだよね。この先、パーティーメンバーとして仲良くしていきたいんだから。うん、これも保留ということで。

 「ぼくが死んだように見えても、すぐには見捨てないように」と命じるくらいなら、ありかな。それに近いことは、奴隷術の中に既に入っているのかもしれないけど。


「とりあえずは、こんなところかな。じゃあ、一休みしたら、夕食を食べに行こうか」


 ちなみに、宿の夕食は、とてもおいしかった。リーネが知っていた口コミ情報は、どうやら正確だったらしい。



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