第60話 言いたい、でも言えない

 え、この子、騎士なの?


 でも「軽」騎士というんだから、普通の騎士とはちょっと違うのかも。敏捷性が10というのもすごい。「敏捷性」「直感」「器用さ」は、10以上の数値は見たことがないから、たぶんこの三つの項目は10点満点なんだろう。だとすると、リーネは満点を取っていることになる。ってことは、彼女はスピードタイプの騎士、といった感じなのかな。

 それに加えて、体力やスタミナ、筋力などの値もけっこう高い。あ、スキルには「縮地」もあるな。


「彼女は、戦闘の経験はあるんですか?」

「獣人族の村にいたころは、ヒト族で言う冒険者のようなことをしていたそうです。なお、当商会で鑑定を行ったところ、ジョブは『軽騎士』でした。

 当商会では、冒険者としての活動が求められるであろう奴隷は冒険者ギルドに加入させ、定期的に依頼を受けさせておりまして、現在のランクはEランクとなっております。安全のため、難易度が低めの依頼のみを選んでおりますから、実力はもっと上でしょう。

 商会で契約している現役の冒険者と練習試合をさせてみましたが、彼らからはCランク相当の腕前との評価をいただいております。前線での戦闘も、十分にこなせるでしょう」


 なるほど。だとしても、下手をすると騎士のジルベールとそれほど変わらないステータスは高すぎるような気もするけど、このあたりは獣人族の特性なのかもしれない。


「また、家事のほうもきちんと仕込んでございますので、身の回りのお世話も問題ありません」


 やばいな。戦闘能力もあって、ジョブやステータスも十分、家事もできる。その上、これだけの美人だ。この時点で、ぼくの心はもう、かなり傾いていた。


「では、リーネさんの、その、なんていうか、お値段は……」


 言葉がは尻すぼみになってしまった。人の値段を聞く、なんて口にすること自体が、ダメなことに思えてしまったからだ。こんな店に来ておいて、今さらなんだけどね。でもイクセルは(これを商売にしているんだから当たり前だけど)ごくごく自然な調子で、


「さようでございますね。ユージ様とは初めてのお取引ですが、これからも良い関係を結んでいきたいと考えておりますので……精一杯勉強させていただきまして、百万ゴールドでいかがでしょう」


 百万ゴールド、か。まだ見たことのない白金貨一枚分、大金貨だと十枚の金額。今のぼくなら払えなくもないし、人間一人の代金と考えれば、安いのかもしれない。それでも、大金には違いなかった。本来であれば、Dランクに上がったばかりの冒険者に払えるような金額ではないはずだ。

 ぼくが難しい顔で黙っていると、イクセルがこんなことを言い出した。


「少し高いとお思いになられるかもしれません。ですが、若い女性の奴隷となりますと、同じ年齢の男性奴隷の、倍ほどの値段が相場になります。美しい女性であれば、三倍ほどに跳ね上がりますね。

 どうしてか、おわかりになりますか? それは、奴隷というものが、主人の命令を拒むことができないからなのです」

「え?」

「どんな命令であっても、です。ですから、美しい女性の奴隷は、高価になってしまうのですよ」


 ぼくは思わず、リーネに視線をやってしまった。リーネは立ったままの姿勢で待機していたけど、心持ち顔が赤くなっている。イクセルが言いたいのは、要するに、そういうことなんだろう。なんていうか、十八禁的な。

 さらにイクセルは、ぼくの方に心持ち顔を寄せて、小声でこんな言葉を付け足した。


「ちなみに、なのですが……このリーネは、処女です」

「ええっ?」

「本当ですよ。彼女が生まれたのは、貞操観念がかなり強い部族でして、結婚するまでは男女の営みが禁じられています。そして、互いの初めてを捧げた相手に、一生を捧げるのです。ですので、奴隷として扱う場合にも、むやみにそのようなことをさせるわけにはいかないのです。

 リーネは奴隷になる前は、結婚しておりませんでした。彼女が未経験であることは、まず間違いないでしょう」


 なんとも、強烈な売り文句だった。ぼくは、相手が初めてかどうかなんて、ぜんぜん気にはしませんよ。いやほんとに。それに、彼女を買ったとしても、無理やりにそういうことをしよう、とも思ってはいない。いやほんとほんと。それでも、こんな言葉に強烈なインパクトを受けてしまうんだから、人間って不思議な生き物だ。

 だけど、そこまで言われると、かえって「買う」とは言いにくいんだよなあ。なんていうか、そういうことを前提に、買おうとしてると思われそうで。


 言いたい。でも言えない。そんな葛藤を打ち破ったのは、イクセルの次の言葉だった。


「今回は、諸々の手続きにかかる手数料も込みで、先ほどのお値段とさせていただきます」

「はあ」

「また、当館で生活している時に使用していた衣服や日用品のたぐい一式も、無料でつけさせていただきます」

「なるほど」

「なお、今回のチャンスを逃されますと、手数料無料、日用品付きのサービスはすべて無効となりますので、ご注意ください」

「──買います」


 ぼくは思わず、口に出していた。その後で、こんなことを思った。

 これまで馬鹿にしてたんだけど、よくあるテレビショッピングの手口って、買うかどうか迷っている人には、意外に効果があるのかもしれないな……。


 ◇


 イクセルとリーネが奴隷移管の手続き(奴隷紋の術式をいじって、主人の登録を変更するんだそうだ)のために出て行き、部屋にはぼくと女性店員だけが残された。

 その間に支払いを済ませておくことになり、ぼくはバッグ──マジックバッグの偽装になっている、普通のバッグの部分──から、お金を取り出した。大金貨九枚と、金貨十枚。テーブルの上にきれいに並べると、店員がそれを数えて、持っていた袋にしまっていく。

 けっこう高くついたような気もするけど、山賊退治の賞金にちょっと足しただけで間に合ったんだから、まあ良しとするか……。


 この時になって、ぼくはやっと気がついた。


 そうか。ぼくみたいな若い冒険者に、どうして支配人なんて偉い人が出てきて、高価な奴隷を勧めるのかが不思議だったんだけど、ようやくわかった。この賞金のことを、知られていたんだ。

 リーネみたいなきれいな子が出てきたのも、そのためだろう。賞金の全額+αで買えるぎりぎりのラインを狙って、その価格帯の奴隷をすすめてきたに違いない。若造が手にしたあぶく銭を、吐き出させるために。最初に出てきた三人の奴隷は、リーネをより輝かしく見せるための、捨て駒だったんだ。

 そうしてぼくは、まんまとそれに乗ってしまった、ってわけだ。

 ぼくは、ぽつりとつぶやいた。


「商人の情報網って、すごいんだな」


 目の前の女性店員が、かすかに笑ったような気がした。



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