第55話 マジックバッグの運送屋
「おまえたち、真面目に冒険者を続けていく気なんて、本当はないんじゃない?」
こう言うと、大高たちは三人が三人とも、ぎくりとした顔になった。
「今日の戦いの時、黒木が『クマと剣で戦うのは無理ゲー』って言ってたよね。
でも、レッドベアはDランク相当、冒険者が数人いればEランクでも討伐可能な魔物だ。あれを無理ゲーと思っているとしたら、Eランク以上の魔物と戦う事なんてできない、って言ってるのと同じだよ」
こう指摘すると、黒木はふてくされたような、それでいて決まり悪そうな顔になった。
「それにさあ。冒険者をやっていくつもりなら、下調べくらいはしなよ。ギルドの資料室にある資料、読んでないだろ? レッドベアの急所が首だってことは、あそこで読んで知ったんだ。実力が足りないなら、少しでも知識で補わないとダメだろ。
初心者、初級者なのにそんなこともしていないのでは、本気でやっていくつもりがない、と思われてもしかたないよね。
だから、一緒にパーティーを組む話は、断らせてもらうよ。悪いけど」
「……そうですか。まあ、しかたがありませんなあ」
大高が、絞り出すような声で答えた。他の二人も、下を向いたまま黙っている。ぼくは、少し悪くなってしまった空気をごまかすように、
「そういえば、資料を見てないってことは、薬草の種類なんかも知らないよね。お金はだいじょうぶなの? 今日の様子を見る限り、ラットやラビットの狩りにも慣れていないみたいだし、薬草採取がなかったら、かなり厳しいと思うんだけど」
「ああ、お金については、城を追い出される時に、幾ばくかをいただいているのです。そのお金を使って、ここまで旅をして来たのですよ。が……」
大高は首を振って、
「ユージ君のおっしゃるとおり、冒険者としては稼げてはおりません。もらったお金も、かなり目減りしております。そして正直なところ、君の言うとおり、冒険者としてやっていく覚悟も、おそらく足りてはいないのでしょう。
ですが、パーティーを組んで、一緒にやっていきたいと思ったのも本当なのですよ。ユージ君も、私たちと同じように苦しんでいるだろう。だとしたら、私たちは一緒になって、私たちに与えられたチートを使って生きていったらどうか、そう考えたのです」
「ん? チート?」
「ええ。ユージ君がお持ちの、マジックバッグですよ」
大高は、ここぞとばかりにしゃべり続けた。
「この旅をして改めてわかったのですが、マジックバッグという代物は、やはり相当な貴重品のようです。国や、軍、騎士団を除くと、大きな商人や大成功した冒険者でなければ、持てるものではありません。ならば、これを持っていることは、それだけで大きな強みになるはずです。
と言っても、あれを売ろうというのではありませんよ。それでは、ひとときのお金が手に入るだけでしょう。そうではなく、商売をするのです。私が考えているのは、運送業ですな」
「うーん。運送業ねえ……」
「ええ。マジックバッグは、大きなものや重いものを、大量に収納できるという能力があります。であれば、その活用法として運送業を考えるのは、自然な話でしょう。実際には、収納できる大きさや量に制限があるのかもしれませんが、それでも、普通に品物を運送している商人よりは、はるかに有利なことは間違いありません。
そして、この方法であれば、我々のパーティーの戦闘力の低さも、それほど問題になりません。馬車がなければ、盗賊に襲われる危険性は低くなりますからな。いざとなれば、バッグだけを持って逃げればいいのです。むろん、危険がゼロになるわけではありませんが、格段に低くなるのは確かです。
これはユージ君にとっても、悪いことではないはずですぞ。君が強くなったとはいっても、魔物との戦いは危険を伴います。報酬の高い魔物ほど、その危険性は高くなるでしょう。そんな戦いと、街道で安全な旅をするだけの生活とを比べれば、メリットは明らかです。
どうでしょう。マジックバッグを使った運送業、将来性があると思われませんか」
最後には、身を乗り出すような格好になっていた。よっぽど、ぼくを説得したいんだろうな。だけど、
「実は、ぼくも考えていたんだ。運送業のことは」
「おお、でしたら──」
勢い込む大高に、ぼくは首を横に振った。
「でも、うまく行かないと思う」
「なぜですか! これほど有利な条件がそろっているというのに!」
「大高が考えてるのは、護衛も馬車も使わない、ローコストな運送、ってやつだよね」
「ええ。そのとおりですな」
「絶対ばれるよ、それ。ぼくらがマジックバッグを持ってることが」
ぼくが指摘すると、うっ、と大高は言葉を詰まらせた。
「そしてばれたら、絶対に狙われる。なにしろ、国や大商人しか持っていない貴重品なんだから。
そうなったら、街道を旅するだけ、襲われたら戦わず逃げればいい、なんて言っていられないだろ。なにしろ、襲ってきたやつらの狙いはバッグなんだ。ぼくたちを殺して奪いとるまで、追いかけてくるだろうね。
街の中にいても、宿の部屋や、通りを歩いているだけでも襲われる危険がある。安心して眠れなくなるんじゃないかな。結局のところ、実力の無いやつが高価なものを持っていると知られること自体が、とても危ないことなんだ。
かといって、バッグの存在がばれないように偽装用の馬車なんかを用意したら、やってることは普通の運送屋と変わらなくなってしまう。それでは、ほかの運送屋さんとの競争に、勝てるとは思えない」
この世界で、マジックバッグを使った運送がされていなのは、こういうことも理由になっているんじゃないかな。普通に考えて、あまりにも高価な道具は、普段の仕事には使えないんだよ。
うなったまま言葉を返さない大高に替わって、黒木が声を上げた。
「だったら、おれたちはどうすればいいんだよ!」
いや、そのセリフはぼくじゃなくて、ぼくらを召喚した王女様か、魔法使いのじいさんに言ってくれよ。
とも思ったけれど、それだけで突き放してしまうのも、忍びないといえば忍びねえかな。元同級生だし、マジックバッグのことを黙っていてくれた恩もあるから。そこで、ぼくはこんな提案をしてみた。
「じゃあさ。バッグじゃなくて、別のチートを使えばいいんじゃないかな」
「別のチート? なんだよそれ。そんなのあったか?」
「うん。みんな、もう忘れたのかな。一種の知識チート、になると思うんだけど」
ぼくは席から立ち上がりながら、こう言った。
「ちょっと紹介したい人がいるから、ついて来てくれない?」
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