第54話 わりとうまい説明
ぼくは剣を納め、代わりにナイフを手に取って、レッドベアに近づいた。
魔石を取り出すためだ。だけど、相手は前のめりに倒れた格好で死んでしまっている。こいつの魔石がある場所は、例によって心臓の近くだ。ぼくはいったんナイフをしまい、ベアの右肩を両手でつかんで、仰向けに返そうと思い切り引っ張った。
「お、おい、今のはなんだ? 何をやった?」
「ンンーーッ! え? ああ、縮地だよ。城にいたころ、練習してただろ? あれができるようになったんだ」
力を入れている途中に黒木が質問してきたので、ぼくは簡単に答えた。
「じゃあ、どうして俺の剣は通じなくて、おまえの剣は切れたんだよ。しかも、一発で倒したじゃないか。どうやったんだ?」
「首筋を切ったからだよ。首がどうして急所って言われるかというと、そこには筋肉や脂肪があんまりついていなくて、血管が表に出てるからだ。魔物でも、動物に似ているものなら、そのあたりは一緒みたいだね」
ぼくは作業を続けながら、新田の質問にも答を返した。それはいいんだけど、誰か手伝ってくれないのかな。三人とも唖然とした顔で、遠巻きに見ているだけなんだけど……よし、ひっくり返すことができた。
ぼくはもう一度ナイフを取り出して、レッドベアの胸に当て、力を込めて、胸の毛皮を切り裂いた。こいつ、肉もだめだけど、毛皮も売れないんだよな。これだけ丈夫な毛皮だと、何かしら使い道がありそうな気がするんだけど、どうやらこの赤い色が嫌がられるみたいだ。
「一人でひっくり返したのですか? この巨体を?」
大高がつぶやいた。質問ではなさそうだったので、ぼくは気にせずに作業を続ける。魔石を取り出し、例によって死体の首を完全に切断してから、ぼくは立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
リトリックの街に戻り、ギルドで魔石とホーンラビットを換金してから、ぼくたちは再び食堂に向かった。魔石もラビットも実質ぼく一人で狩ったものだから、お金は総取りにさせてもらった。その代わりというわけではないけど、夕飯もおごってあげることに。軽くケガをしていた新田には、ポーションもおごってあげましょう。城から持ってきたものではなく、街で売ってる安物だけどね。
でも、テーブルに料理が出てきても、新田たちの箸は、昼食の時よりも進んでいないようだった(実際に使っているのは
「箸」
じゃないけど)。会話もあんまりはずまない。静かな食事が終わったころ、三人を代表してといった感じで、新田がきいてきた。
「なあ、ユージ。おまえ、どうしてそんなに強くなってるんだ?」
黒木と大高もうんうんとうなずいている。ああ、やっぱり気になるよね。
この質問には、ぼくはこう答えることに決めていた。
「忘れてない? ビクトル団長がオーガと相打ちになった時、ぼくはどこにいたんだっけ」
少しの間を置いて、黒木があっ、と叫んだ。
「ちょっと待て。それってもしかして、経験値がおまえに流れてきた、っていうのか? 団長がオーガを倒した、その分の経験値が。おまえら、パーティーでも組んでたの?」
「パーティーかどうかは知らないけどね。でも、あの後で強くなっていたことからすると、その影響としか考えられない」
「えー、マジかよ。それ、ちょっとずるくないか」
黒木は、座ったまま地団駄を踏むという器用な真似をして、悔しがった。
要するに、RPGなどのゲームでよくある、あれだ。一人の弱いプレイヤーを強いプレイヤーばかりのパーティーに入れて、強い魔物と戦う。そのパーティーが魔物を倒すと、強い魔物の大きな経験値が、メンバー全員に分配される。弱いプレイヤーが、実際には戦いに参加しなくても、だ。こうすることで、弱いプレーヤーを効率的にレベルアップさせ、成長させることができる。
いわゆる「パワーレベリング」というやつだね。ぼくが強くなったのは、この効果が偶然働いたためじゃないか、というわけだ。
まあ、嘘の説明なんだけど。
もしかしたら、本当にこの可能性もあるのかな? と思ったこともある。けど、これでは最初に団長に殺された後の、一回目のパワーアップが説明できない。やっぱり、ドラゴン○ール効果(面倒なので、この名前で呼ぶことにしよう)が正解なんだろう。
そしてぼくは、この効果を、できるだけ知られたくなかった。
なぜかって? 例えば、王国の人間がこのことを知り、ぼくを連れ戻したとしよう。王国はどうするだろうか? たぶんだけど、とっても簡単で効果的なレベリングの方法として、ぼくを何回も殺すんじゃないかな。今までにも、似たようなことをされた実績があるから。
たとえ強くなれるとしても、殺されるのはまっぴらだ。
それに、「蘇生スキル」と「ドラゴン○ール効果」の組み合わせは、強力だけど、弱点も多い。蘇ったら強くなるとわかっていれば、生かさず殺さずで痛めつければいいし、それ以前に、蘇るのが一度だけとわかっていたら、蘇生を待ってから、その直後にもう一度殺せばいい。対応するのは、とっても簡単だ。だからこそ、この情報は知られてはいけないんだ。
このことを明かさず、強くなった理由を説明するための説明としては、経験値云々という話は、わりとうまくできているんじゃないかな。
思った通り、黒木たちは疑う素振りも見せなかった。
「だったらさ。おれたちも同じことをやれば、強くなれるんじゃねえの? めちゃくちゃ強い敵を探して、それを倒した時に近くにいれば──」
「その強い敵を、どうやって倒すんだよ。あの時はビクトル団長がいたから、なんとかなったんだ。今度は、誰に頼むの?」
「いや、それはほら、ユージにやってもらえば──」
「無理無理。少し強くなったっていっても、たぶん剣術班の一班二班のレベルだろ。団長と同じことをやれ、っていわれても、無理だから」
ぼくは手を強く振って、即座に断った。本当をいうと、もっと強くなっているんだけど、黒木の頼みに応じるつもりは、まったくなかった。そもそも、強くなった理由自体が、間違っているんだから。
ぼくは続けた。
「それにさあ。おまえたち、真面目に冒険者を続けていく気なんて、本当はないんじゃない?」
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