第53話 そもそもが無理ゲー

 こうして、ぼくは久しぶりのメンツで、いつもの狩場に向かうこととなった。

 お試しのパーティーなので、掲示板の依頼ではなく、常設依頼を狙うことに。森の入り口まで案内したところで、ぼくは三人に言った。


「このあたりは、ホーンラビットやソードボアがいて、けっこういい狩場だよ。ぼくはいつもこの辺で狩りをしてるから、今日は後ろの方で控えて、サポートに回ろうと思う。とりあえずはお手並み拝見、ってことでどうかな」

「わかった」


 新田がうなずく。新田と黒木が先頭で森に入っていき、続いて大高。ぼくはその後に続いた。

 三人はずんずんと、森の中の小道を進んでいく。ぼくは探知のスキルをオンにして、周囲を探った。あ。右前方に、ホーンラビットっぽい反応がある。こいつらに知らせるかな? でも、今はお手並みを拝見しているんだから、こいつらがどう対応するか確認するのが優先かな……。

 そう思って見ていると、新田たちはそのまま真っ直ぐに進んでいき、やがてラビットらしき反応はどこかへ消えた。

 しばらく進むと、また反応があった。今度のはちょっと大きめだから、ジャイアントラットか。こいつは「ラット」のくせに、大きいやつは一mくらいになって、ラビットよりも大きな反応になることがある。こんどはさっきより近い場所にいるけど、どうする?

 が、新田たちはまたもそこを通り過ぎ、ジャイアントラットも森の奥へ消えていった。

 黒木が文句を言ってきた。


「おいケンジ、この森、ほんとに獲物が多いのか? 何にもいないぞ」


 ぼくは、軽くため息をついた。当たり前かもしれないけど、探知があるとないとでは、かなり違ってくるんだなあ。


「その前に。さっき説明しただろ。ぼくの名前は、『ケンジ』じゃなくて『ユージ』だよ」

「あっと、そうだったな。悪い悪い。それでユージ、ここには獲物がいるのか?」

「もちろん、いるよ。っていうか、いたよ。ついさっきも、ホーンラビットとジャイアントラットがいた」

「ほんとかよ?」

「ほんとだって。証拠を見せようか?」


 ぼくはポケットに入れてあった石を取り出して、左前方に向けて思い切り投げつけた。突然の行動に、黒木がびっくりして後ずさる。その直後、「ギャン!」という小さな悲鳴が聞こえてきた。


「お、おい。今のは?」

「行ってみよう」


 ぼくは余計な説明はせずに、石を投げた方向に急いだ。着いた先には、一匹のホーンラビットが転がっていた。まだ生きていて、後ろ足を引きずりながら、必死に逃げようとしている。ぼくはナイフを取り出して、静かにとどめをさした。


「本当だ。こんなやつが、近くにいたんだ」


 新田が、驚いた声を上げた。ぼくはホーンラビットから魔石を手早く取り出して、マジックバッグに入れる。バッグの中では時間が停止するから、血抜きは後でやればいい。今日は時間がなさそうだから、省略するかもしれないけどね。血抜きなしだと少し安くなるけど、まあいいや。そういえば、ラビットをしまう時、大高が変な視線を送ってきたけど、どうかしたのかな。


「それにしても、よく気がついたな。っていうかそれ以上に、よく石を当てたよな」

「言っただろ。いろんな事が出るようになった、って。ところでね、実はもう一つ、気がついてることがあるんだ」

「何だ? 他にも、獲物がいるのか」

「獲物かどうかは、人によるかな。実は、けっこう大きな気配が、こっちに向かってきてくる。もう、ぼくらに気づいていると思うから、戦闘準備をしておいた方がいいと思うよ」


 ぼくはそう言って、森のさらに奥の方を指さした。



 それから少しして、何かの物音が近づいてきたのが、新田たちにもわかったようだ。やがて、木の陰から姿を現したのは、地球で言えばヒグマにそっくりの、ただし全身の体毛が赤黒く染まった魔物だった。

 黒木が、少しびびったような声で聞いてきた。


「あれ、クマか?」

「レッドベアだよ。凶暴で力が強いから、気をつけて」


 ぼくは少しだけ解説した。この魔物、肉は食用にはならないけど、魔石はそこそこ大きいから、倒せばちょっとはお金になる。冒険者ランクだと、推奨はDランクだったかな。ただし、これは一対一で戦う場合の話で、三対一ならEランクでもなんとかなると思う。あ、ぼくは今回も、様子見のつもりです。ここまで、大高たちの実力というやつを、見せてもらってないからね。

 レッドベアの姿を見た新田たちは急いでフォーメーションを組み、戦闘態勢に入った。新田と黒木が前衛、大高が後衛。ベアがある程度近づいてきたところで、大高が魔法を詠唱した。


「《サンドウォール》!」


 敵の足下に低い土の壁を作って、相手が転んだところを狙う。ぼくがこいつらと一緒に戦っていた頃、よく使っていた戦術だ。

 だけど、レッドベアは障害物をものともせず、大高の作った土壁を蹴破って突進してきた。逆に虚を突かれる形になった新田が、かろうじて右によける。すぐに立ち直って魔物の右奥側に回り込み、左にいた黒木と挟み撃ちの態勢になった。しかし、レッドベアの巨体と威嚇の前に、二人とも手を出すのを躊躇ちゅうちょしている。黒木が叫んだ。


「おい、大高! 魔法を打ったら、おまえも前衛に来いよ!」

「わかっております、わかってはおりますが……」


 大高はそう答えたが、前に出ることができない。それでも、このやりとりが気を引いたのか、レッドベアが大高と黒木の方を向いた。そこを狙って、新田が剣の一撃を繰り出した。


「もらったぁ!」


 新田の剣は、レッドベアの背中を直撃した。が、彼の剣はベアの厚い脂肪を突破できなかったらしい。背中についた傷からは、わずかに血が流れただけだった。レッドベアは振り向きざまに強烈なパンチを放ち、横殴りにされた新田が大きく後ろに吹っ飛んだ。

 あわてた黒木が切りつけるが、見るからにへっぴり腰で、彼の剣は硬い毛皮にはじかれて、傷をつけることさえできなかった。レッドベアは再び黒木の方に振り向いて、雄叫びを上げた。黒木はたじたじとなり、大高と並んで後ろに下がった。

 その間に、新田はなんとか立ち上がった。レッドベアの攻撃は革鎧に当たったらしい。深手を負ってはいないようだけど、打たれた胸に片手を当てて、かなり痛そうだ。新田が叫んだ。


「ちくしょう、剣が通らない相手なんて、どう戦えばいいんだ!」

「知るか! クマ相手に剣で戦うなんてのが、そもそも無理ゲーなんだよ!」


 黒木はずいぶんと弱気なことを、大きな声で叫び返した。確かに、地球にいたころなら、それが当たり前なんだけどね。


「おい、ユージ! おまえもそんなところで見てないで、戦えよ!」

「いや、だけど黒木たちの実力、見せてもらわないと──」

「そんなことはいいから! 何とかしてくれ!」

「わかった」


 それまでは、黒木たちから数歩下がった位置で戦いを見守っていたんだけど、助けを求められたならしかたがない。ぼくは前に進みながら、腰の剣を抜いた。レッドベアもそれに気づいたらしく、今度はぼくに顔を向けて、うなり声を上げている。ぼくはさらに前に進んで、適当な間合いに入ると、対山賊戦でもお世話になった、例のスキルを発動した。


「縮地」


 ぼくは剣を繰りながら、目にもとまらぬ速度でレッドベアの横をすり抜けた。そしてその背後に到達したところで、ゆっくり後ろを振り返った。

 レッドベアも首をひねって、ぼくの方に向き直ろうとした。だが、それはできなかった。わずかに頭を動かしただけで、魔物の体は前のめりに倒れ込み、そのまま動かなくなった。

 ベアの首筋からは、大量の血が吹きだしていた。



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