第52話 何もしてはいませんよ

 振り返ると、そこに立っていたのは大高だった。


 その後ろには、黒木と新田の顔も見える。やっぱりそうか、と思った。ぼくを「ユージ」ではなく「ケンジ」と呼ぶのは、勇者召喚に関わった関係者か、元のクラスメートくらいだもんな。

 彼らは通りを横切って、ぼくに近づいてきた。三人とも、最後に会った時と同様、安物の剣に安手の革鎧という、いかにも冒険者に成り立ての若者、と言った格好をしていた。


「いやあ、ようやく追いつきました。王都からここに来るのだけでも、いろいろとたいへんでしたぞ。

 なにしろ、私たち三人だけで、旅をしてきたのですからな。最初は乗合馬車を使おうとしたのですが、なにしろあれは、乗り心地が最悪で。王城にいたころに使っていた馬車が最上等のものであったと、改めて実感しました。スピードも歩くのとそんなに変わりませんし、こんなにお尻が痛いならいっそ歩いた方がいいのではとなって、次の街からは馬車の後ろに付いて歩くことにしたのです。

 ところが、いざ歩いてみると、馬車というのは、あれで地味に速いものでしてな。その上、馬はスタミナが違いますから、なかなか休憩してくれません。だんだんと引き離されてしまい、危うく、荒野の真ん中で迷子になってしまうところでした……」


 そこまでしゃべっておいてから、大高はぼくから何の反応もないのに気づいたのか、いぶかしげな顔つきで聞いてきた。


「ケンジ君、どうしました? 何かしていたんですかな?」

「いえ? 何もしてはいませんよ」


 背後にある店の看板が気になって、ぼくは思わず、変な口調で答えてしまった。



 とりあえず、ここから少し離れた食堂に彼らを連れて行き、そこで話を聞くことにした。席につくと、ぼくは四人分のランチを頼んだ。こっちは少しばかり、お金が入ったところだからね。ここは、おごってあげることにしましょう。

 もうお昼に近かったけど、三人は朝から何も食べていなかったらしい。頼んだ料理が届くと、むしゃぶりつくように口に運んだ。


 ちなみに、この店に限らず、ランチを頼んで出てくるのは、たいていは固いパンと焼いた魔物の肉、でなければモツ煮のような煮物だ。焼き肉だった場合、付け合わせの野菜類は無いか、あってもほんの少し。栄養バランスを気にするなら、シチューか何かを別口で頼んだ方がいい。

 それから、コップに入った水なんてものは出てこないので、飲み物が欲しければ自分たちで用意するか(お酒以外は、持ち込みで怒られたりはしない)、お茶かお酒を注文しなければならない。このあたりは欧米風、というよりも、無料で水が出てくる日本が特殊だったんだろう。


「で、どうしておまえたち、こんなところに来たんだ?」


 人心地がついたあたりで質問をいれると、一番最初に食べ終わっていた黒木が答えた。


「おまえが城から追い出された後、上からお達しが出てな。一ノ宮たち勇者パーティーと、それから武術組と魔術組の一班で作った二つのパーティーは、このまま魔王退治に向かう。メインが勇者で、一班はサポート、って感じでいくらしい。で、残りの二班・三班のメンバーはっていうと、これからは冒険者として生きていくように、って言われたんだ。

 その後すぐ、その時に使っていた装備と金貨数枚を渡されただけで、おれたちも城から放り出されちまった」


 あー。使えないやつは容赦なく切り捨てる、か。いかにも、あいつらがやりそうなことだった。なにしろ、使えなさそうなやつを容赦なく後ろから刺す(比喩でなく、物理的に)くらいだからね。

 だけど、今の答ではよくわからないことがあったので、ぼくはもう一度、同じ質問を繰り返した。


「で? どうして、こんなところに来たんだよ」

「それで、とりあえずは追い出された連中でパーティーを作って、それでやっていこうって話になったんだけどな」


 新田が説明を引き継いだ。


「二班のやつらは、あいつらでもうパーティーを作って、魔物退治の訓練をしてただろ。当然、そのパーティーのままでいこう、って話になるわけだ。そこをどうにか頼み込んで、最初のうちは一緒にやらせてもらったんだけどよ。すぐ、お払い箱になっちまった。おれたちが思っていた以上に、力の差ってのがあったみたいで」

「しかたがありません、彼らも必死ですからな。それに、確かに実力差がありましたからなあ。魔術組にも三班があれば、一緒にやっていけたのかもしれませんが」


 残念そうに言ったあと、大高は料理から視線を上げて、ぼくの目を見た。


「そこで、ここに来た目的なのですがな。どうです? 私たちともう一度、パーティーを組んでみませんか」

「ぼくとパーティーを?」


 意外な提案だった。この三人、そんなことのために、イカルデアからこんな遠くの街まで、わざわざ追いかけてきたんだろうか。


「だけど、それならもう一人か二人、パーティーを増やせばよかったんじゃないか? なにもクラスメートに限らなくても、この世界の冒険者でもいいんだからさ。最初のうちはレベルが低くて苦労するかもしれないけど、それは新人の冒険者なら、普通のことなんだから」

「それはまあ、そうなのです。ですが、なんと言いますか、この世界の人というのが、よくわからないのですよ。基本的な常識というか、倫理観というか。そのあたりが、ぼくらとは違うような気がしまして。そんな人たちを、いざという時に、信用していいのか。命を預けるようなことをしていいのかどうかが、わからんのです」


 そして、ちょっと説明がしづらいのですが、と大高はつぶやいた。

 彼が言いたいことは、ぼくにもよくわかった。それは結局、何度か言っている「命の安さ」なんだと思う。

 この街に来る際、一緒に護衛の仕事をしたテッドたちは、けっこういいやつっぽかった。あのまま一緒に仕事をしていたら、楽しかったかもしれない。だけど彼らだって、例えば強い魔物に出くわして、仲間一人を見捨てれば自分が助かるような状況になったら、間違いなく、仲間を犠牲にするんじゃないかと思う。

 いや、地球の人でも、いざとなったら同じことをするかもしれないよ。けどその場合でも、少しは良心が痛んだり、躊躇ちゅうちょしたりはするだろう。この世界の人には、それがない。ためらうことなく仲間を見捨てる、そんな気がするんだ。テッドたちがひどいやつというわけじゃあなくて、それがこの世界の「常識」なんだ。

 さっきのお店に入ろうとしたのも、それが理由の一つだったんだよね。こいつらに、邪魔されてしまったけど。


「それにさ。どうせなら、これまで一緒に頑張ってきたメンバーでやりたいじゃないか。おまえだって、苦労しているんだろ?」


 ぼくが考えてこんでいると、付け加えるように、新田が言葉を重ねてきた。

 うーん。だけど実のところ、そんなに困ってはいないんだよな。

 ぼくのステータスは、普通の冒険者や騎士より、かなり上になっている。ビクトル騎士団長のような化物にはかなわないけど、あれは例外として。この間の盗賊退治がうまくいったのも、運が良かったのもあるけど、基本は、スキルやステータスが上がったおかげだろう。二つほど解決すべき課題もあるけど、それはさっき考えていた別の方法で、補うつもりだ。

 それに引き換え、大高たちのステータスは、そんなに変わっていないように思える。見た目だけでの判断だけどね。多少は経験を積んだだろうし、ステータスも上がったかもしれないけど、ぼくの上がり方が異常なんだから、差が付いているのは間違いなさそう。たぶん、いや間違いなく、足手まといになるだけなんだよな。

 とはいえ、このまま見捨てるのも、ちょっとかわいそうかな。

 そこで、ぼくは一つ、聞いてみることにした。


「だけど、ぼくは追放されたんだよ。もちろん、知ってるよね? どうして追放されることになったのか、その理由も。それについては、どう思ってるんだ?」

「ああ、団長が死んだ責任があるから、ってやつですか? あんな発表、信じる方がどうかしていますぞ。オーガの変異種というものがどの程度の強さなのか、よくはわかりませんが、あの団長が、相打ちでようやく倒せた程の怪物なのです。ケンジ君に、どうにかできたはずがありません。

 おそらくですが、団長があまりに突然亡くなったので、国としては、その責任を押しつける相手が欲しかったのでしょう。それで、近くにいたケンジ君が選ばれたのでしょうな」

「ま、おれたちだって、追放されたようなもんだからな」


 黒木も自虐気味の笑いを浮かべて、うなずいた。この答を聞いて、ぼくもうなずき返した。


「わかったよ。でもね。実を言うとぼく、あれからかなり強くなったっていうか、いろんな事ができるようになったと思ってるんだ。そっちはどう?」

「おれたちも、少しは強くなってるはずだぜ。ここまで来るのに、けっこう苦労したからなあ」

「じゃあ、お互いの実力がどうなっているか、確認したほうがいいね。一度、お試しのパーティーを組んで、手頃な依頼を受けてみよう」



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