第51話 山賊の懸賞金

 この人がギルド長?


 そういえばギルド長って、初めて見たな。なるほど、髪も髭も真っ白だけど、全身の筋肉は引き締まっている。いかにも歴戦の猛者、といった感じだ。とりあえずは、初めてお目にかかります、新人冒険者のユージです、と礼儀正しい挨拶をした。でも、こんな偉い人に呼び出されるなんて、何か問題でもあったんだろうか?


「それで、ぼくが呼び出されたのは、この前の山賊の件でしょうか」

「ああ。まずは生きたまま捕縛した四人についてだが、処分が決まった。全員、犯罪奴隷として売却する。その代金の半分、十五万ゴールドが君への報償となる」


 十五万ゴールド、金貨なら十五枚か。元の世界でいうと、だいたい百五十万円くらいかな?

 ちなみに、奴隷の値段はピンキリだけど、犯罪奴隷は使いどころが限られるためにけっこう安くて、だいたい金貨十枚ほど。ケガなどがあれば、さらに安くなるんだそうだ。四人のうち二人はケガをしていたから、こんな値段になったんだろう。それにしても、人一人がこの値段というのは、安いよね。この世界、命の扱いも安いけど、生きていても安いんだね。

 とはいえ、そのへんは、ギルド長に文句を言う筋合いの話でもないか。


「わかりました。ありがとうございます」

「それから、死体で持ってきてもらった親玉だが、こいつがダーレンというやつでな。首に、賞金がかかっていた」


 おお、懸賞金。あのボス、かなりの大物だったらしい。そういえば、鑑定でのぞき見たステータスは、そのへんの騎士よりも強いくらいだったもんな。

 話を聞いてみると、それもそのはず。あの男、元は本物の騎士だったらしい。それが女や酒におぼれ、さらには公金横領や同僚の傷害といった事件で職務からも追われて、ついには山賊にまで身を持ち崩したんだそうだ。


「それでも、剣の腕は確かな男だった。今までにも、Bランク冒険者が返り討ちにあったこともある。長年の山賊暮らしで衰えてはいたんだろうが、それにしても、よく倒せたもんだな」

「運が良かったんですよ」


 日本人らしく、ぼくは謙遜した答を返した。そういえば、こっちの世界、「謙遜」や「謙譲」って通じるのかな。地球でも、日本以外では変な顔をされるんだっけ? ゴドフリーはぼくの言葉を無視するように、


「しかも、山賊十人を相手に、たった一人で全滅させたときた。いったい、どうやって倒した?」

「後ろから、不意打ちでナイフを投げたんですよ。それと、十人ではなく、八人です。ぼくが着いた時には、山賊のうちの二人は、既に動けなくなっていたので」

「たしかに、ダーレンの首の後ろには、ナイフが刺さったような、深い傷がついていたな。だが、よく命中させたもんだ。ダーレンだけでなく、他の三人も投げナイフで倒されていたらしいじゃないか。サンディ、ユージのスキルは?」


 ゴドフリーは、後ろに控えていた受付嬢に尋ねた。


「『剣』のスキルを持っている、と登録されています」

「『投擲』は持っていないのか? まてよ。四人の傷は、どれも首の後ろについていたな。投げナイフで倒したにしても、その位置に傷を付けるには、相手に気づかれないよう、それぞれの背後につく必要がある。そのためには『隠密』があれば、まさにうってつけだな。しかし、それも持っていないとなると……」


 ゴドフリーは、ぼくをじろりとにらんで、


「そういえば、ある程度のレベルの『偽装』スキルがあれば、スキルを隠すことができると聞いた覚えがある。ギルド備え付けの、安物の水晶くらいなら、簡単にごまかせるだろう」

「あの、えーと、そのですね……」


 え、これって、何か疑われてるの? 考えてみると、ぼくのスキル構成って、ある種の職業にとても便利なような気がする。ひとことで言えば、「暗殺者」タイプだ。隠密で背後から近づいて、投擲で相手を倒して、疑われたら偽装で逃れる。うーん。そんな仕事したこともないし、するつもりもないんだけどな。

 しどろもどろになったぼくを見て、ゴドフリーはニッと笑った。


「まあ、いい。ちょっと聞いてみただけだ。手の内をさらしたくないのは、冒険者として、当然のことだからな。

 それで、そのダーレンにかかっていた懸賞金だが、大金貨八枚になる」

「大金貨が、八枚ですか?」


 ぼくは思わず、おうむ返しに尋ねてしまった。さっき聞いた、犯罪奴隷四人分の代金よりも、はるかに高い金額だったからだ。


「そうだ。これまでに起きた被害が大きかったのもあるが、なにしろやつの身元が、元騎士だからな。国としても、早めにケリをつけて欲しかったんだろう。

 それから、山賊の生き残りに吐かせたところによると、あそこから少し離れた山の奥に、やつらのアジトがあるそうでな。既に、討伐隊を差し向けている。それなりの蓄えもありそうな話だったから、討伐に成功して金目の物が回収できたら、ユージにも幾ばくかの報酬が回るかもしれん。少し間をおいてから、どうなったか、受付に聞いてみてくれ」


 こう言うと、ゴドフリーは懐から硬貨を取り出して、テーブルに並べた。金貨五枚と、大金貨九枚。ぼくは ありがとうございます、と返事をして、お金を受け取った。

 席を立とうとすると、ゴドフリーはふと思い出したように「ああそれから」と付け加えた。


「山賊を討伐した功績により、おまえはDランクに昇格することになった。後で、受付で手続きをしておけ」


 ◇


 ぼくはギルドを出て、リトリックの通りを歩いた。これで、それなりの大金を手に入れることができた。というか、大金を持っていることを、ある程度は隠す必要が無くなったことになる。


 こうなったら、あれ・・をしてもいいよね。


 表通りを歩いて、少し路地に入る。向かうは、この街で冒険者登録をする前に目に入った、あのお店だ。レンガ作りの、落ち着いた印象の作りで、一見しただけでは、何の建物なのかわからない。成功した商人が引退して静かに余生を暮らしている家、と説明されたら納得してしまいそうな外観だ。だけど、目の前にある、重厚な作りのドアには、こんな札が掛かっていた。


『マルティーニ奴隷商会』


 ぼくは、ドアから少し離れたところで立ち止まった。しばらく逡巡し、ちらちらと右、左を確認してから、意を決して、ドアへと向かって歩き出した。次の瞬間、ぼくは飛び上がるほどに驚かされてしまった。ぼくの真後ろ、通りの向かい側から、大声で名前を呼ばれたからだ。


「ケンジ君! やっと見つけましたぞ!」



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