第49話 初めてのテンプレ?

 ぼくは、山賊たちに向けて、次々と鑑定スキルを発動した。


 その結果、ボスらしき大男以外は、それほどの脅威ではないことがわかった。そのボスにしても、ステータスの数値だけで比べれば、ぼくの方が圧倒的に高い。戦闘経験にはけっこうな差があるだろうから、ステータスだけで強弱の判断はできないけどね。そしてぼくは、逃げ足には自信があった。


 少し考えたぼくは、一つ、運試しをしてみることにした。


 気配を消したまま、ゆっくりとボスの背後に近づいていく。かなり近づいたところで、ぼくはマジックバッグからクナイをいくつか取り出して、一つ深呼吸をした。そしてタイミングを計って、手にしたクナイを思い切り、ボスの首筋目がけて投げつけた。

 これが外れたら、一目散に逃げるつもりだった。だけどクナイは狙い違わず、ボスの首の真後ろに命中した。彼は一声も上げることなく、その場に崩れ落ちた。

 隣にいた男が、おい、どうした? といった感じで、倒れた男を見る。ぼくはすかさず、クナイをもう一つ投げた。これも相手の首に命中し、男は弓を手にしたまま、大男の上に重なるようにして倒れた。


 幸い、この二人はちょっと離れた位置に立っており、二回とも大きな物音は立たなかったので、他の山賊には気づかれていないようだ。残りは六人。ぼくは、山賊たちが描いている囲みの外側を移動して、ボスたちの死体から離れた。

 本当は囲みの反対側まで行きたかったんだけど、その途中で、山賊のうちの一人が異状に気づいたらしい。


「ボス、どうかしましたか? ……ボス!?」


 山賊全員の注意が、倒れている大男に向いた。その瞬間をねらって、再びクナイを投擲する。続いてもう一回。二発とも命中して、弓を持った一人はそのまま昏倒、もう一人は首から大量の血を流しながら、


「誰かいるぞ! 畜生、やられた……」


と叫んで、事切れた。

 とうとう気づかれてしまったけど、これで残りは四人。弓持ちもいなくなったから、ステータス差を考えれば、なんとかなりそうかな。

 ぼくが林から道へ出ると、山賊の一人がものすごい形相で近づいてきた


「これはてめえの仕業か! てめえ、よくもボスを──」


 話の途中で、ぼくは「縮地」スキルで相手の懐にとびこみ、袈裟懸けに切り下ろした。相手の革鎧は安物か、あるいは長い間、手入れを怠っていたんだろう。ぼくの剣は革鎧ごと、山賊の体を切り裂いた。いきなりの血しぶきに、あっけにとられる三人。もう一度、縮地を使って別の一人に急接近し、今度は下からすくい上げるように、相手の腹を切り裂いた。


「……そういえば、生きたまま捕まえると、お金をもらえるんだっけ?」


 残った二人は、しきりにボスや仲間の名前らしきものを叫んでいたけど、周囲からは何の反応も返ってこない。すっかり戦意を喪失したらしい山賊たちに、ぼくは言葉を向けた。


「どうする? 降伏する?」


 一人が逃げだそうとしたので、ぼくは手近に転がっていた石を拾って、投げつけた。あんまり形のいい石ではなかったけど、見事に背中に命中。山賊は大きな悲鳴を上げて地面に転がり、その場でのたうちまわった。すっごく痛そうだけど、死にはしないでしょう。たぶん。

 ぼくは残った一人に視線を戻した。山賊はすぐさま剣を投げ出して、恭順の意を示した。


 ここに来た時、すでに動けなくなっていた二人を含めた四人を、ぼくはバッグから取り出したロープで縛りあげた。使ったクナイを回収し、ついでに、よさそうな装備がないか探してみる。ぼくの剣も、少し傷ついてしまったので。だけど、山賊たちの剣はどれも刃が欠けたり少し曲がったりで、ろくなものがなかった。

 あれ? ボスの持っていた剣、これって日本刀じゃないの? まあ、この世界で日本刀と呼ぶかどうかは知らないけど、片刃で、そりが入っている。これはもう、日本刀と呼んでもいいでしょう。刃こぼれなどもなく、柄のところも上等そうな作りだったので、これだけをもらっていくことにした。

 そこまで後処理をしたところで、ぼくは馬車の中の女性が、出てこないことに気がついた。


「だいじょうぶですか? 山賊は、すべて倒しましたよ」


 馬車に向かって声をかけると、扉がゆっくりと開いて、中にいた人が顔を出した。

 出てきたのは、金色の長い髪をした、ほっそりとした体つきの女性だった。年は、ぼくより少し上くらいだろう。かわいいと言うより、清楚な顔立ち。彼女は、おそるおろるといった様子で馬車の外に出てきたけど、ぼくの姿を見るど、小さくヒッと声を上げた。

 えー、せっかく助けてあげたのに……と思ったけど、自分の姿を顧みて、彼女の反応にも納得した。全身に、かなりの量の返り血を浴びていたからだ。血の匂いもすごい。命の値段が安いこの世界でも、ここまでくると引かれるみたいだな。


 このとき、我ながら落ち着いているなあ、と初めて気がついた。


 これまで、ヒト型の魔物はたくさん殺してきたけど、ヒトを殺したことはない。殺されたことなら、あるんだけどね。今日のこれは、ぼくにとって初めての「ヒト殺し」だった。なのに、煩悶とか、後悔とか、今の行動ははたして正しかったのかとか、そういった感情や考えは、ほとんど起きてこなかった。不思議と言えば不思議だ。以前、大高たちと話した「召喚者への洗脳」が、やっぱりぼくにもかかっていたんだろうか。

 でも、洗脳だとしても、あんまり意味がなさそうな洗脳なんだよなあ。どうせやるなら、「王国に絶対服従」とかのほうが、使いやすそうなのに。

 まあ、とりあえずはいいか。こいつらは明らかに山賊で、今までたくさんのヒトを襲って殺してきたんだろうし、今もまさに、たくさんのヒトを殺していた。当然の報い、と言うやつだよね。


 この女性も、そのあたりのことはわかっているんだろう。気を取り直したように、ぼくに自己紹介をした。


「失礼しました……危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。私、リトリックでランドル商会を営んでおります、アーシア・ランドルと申します」


 え? ってことは、もしかしたらこれ、「盗賊に襲われていた馬車を助けたら、大商会の愛娘だった」ってやつですか?



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