第48話 消えた気配

 その日、ぼくはいつもより遠くの森を目指していた。


 街の近くだと、ちょっとソードボアを狩りすぎたかな、という感じになってきたからだ。相手は魔物だけれど、この世界では生態系の一部。それを崩すのは、あんまり良くないだろう。ホーンラビットならまだまだいるんだけど、あれはちょっと面倒くさいしね。


 その森は、リトリックからだと馬車で一日くらいの距離にあった。だけど、ステータスが上がってからというもの、ぼくの走るスピードは格段に上がっていた。「筋力」のステータスは、足の筋肉にも効いているらしい。その上、「スタミナ」も高いから、マラソンだってだいじょうぶ。これなら、やばそうな相手に出会った時、「にげる」の選択肢を選ぶこともできるかもしれない。ゲームじゃあないんだから、生き残るためには、逃げ足も大事だろう。

 というわけで、ぼくは朝一番に街の門を出て、お昼前には、目的の森の入り口に着いていた。探知のスキルをレーダー方式に切り替え、いざ森に入ろうとした時、探知に妙な気配が映っているのに気がついた。


 森の中に、たくさんの気配がまとまっていたんだ。正確には、一カ所に固まっている八つの気配を、十の気配が取り囲んでいる。最初は、商人の馬車を護衛が守っているのかな、と思ったんだけど、合計十八個の気配はちょこまかと動き回るだけで、移動をしていない。もしかして、こんなところで休憩中なの? だけどそのうちに、内側にある気配のうちの一つが、ふっとかき消えた。


「え?」


 初めての出来事に、ぼくは思わず声を上げてしまった。正確に言うと、気配は完全に無くなったわけではないんだけど、ほとんど読み取れないほどに弱くなっている。これって……


「もしかして、一人死んだってこと?」


 ただ、探知の網は荒くしてあるので、もしかしたら、単なる取りこぼしかもしれない。気配があるのは、どうやら街道沿いのようだった。そこでぼくは、探知を使い続けながら街道を進んで、問題の気配に近づいてみることにした。けど、距離が縮まるのに応じて探知の網を絞っていっても、さっき消えた気配は復活しない。そしてそのうちにまた一つ、内側の気配が消えた。


「これは間違いないな。たぶんまた一人、人が死んだんんだ。

 おそらく、あそこでは争いが起きていて、内側の人と外側の人が、戦っているんだろう。ってことはたぶん、外側は山賊だな」


 そして内側にあるのは、商人の馬車といったところだろう。馬車が山賊に取り囲まれて、動けなくなっているんだ。消えた気配は、山賊に殺された護衛に違いない。内側の気配六つのうち、一人が商人だとして、残りは五つ。二頭立ての馬がまだ生き残っているとしたら、護衛は三人しか残っていない。十人の山賊を相手にするのは、厳しいだろう。

 ぼくは「隠密」スキルをオンにした。そして、念のため街道から少し外れたところを、急いで進んでいった。


 ◇


 その場所に着いた時には、戦いはほぼ終わっていた。

 横倒しになった箱形の荷馬車を取り囲んでいるのは、十人の男たち。いずれも髪やヒゲは伸び放題、荒くれ者っぽい風貌で、装備している鎧や武器には統一感がない。いかにも山賊らしい格好だった。ただ、十人のうち二人は、どこかケガをしているのか、後ろに下がって横になっているようだ。中央にある馬車の周囲には、冒険者らしい若い男の死体が散らばっている。

 探知で探ると、内側で残っている反応は二頭の馬と、馬車の中にいる一つの気配だけ。どうやら護衛は全滅して、馬と商人だけが生き残っているようだ。

 山賊の一人が叫んだ。


「馬車の中の、お嬢ちゃん~? とうとう、あんた一人になっちまったよ~?」

「さっさと降伏しろや、コラァっ!」

「安心しろ、殺しはしねえよ。ほんのちょっと、おれたちを楽しませてもらうだけだ。そうだ、降伏の印に、馬車を出る時にはぜーんぶ服を脱いでもらおうかなぁ?」


 どっと下品な笑い声が上がった。それに応えるように、倒れた馬車の中から詠唱が響いた。


「《ウィンドアロー》!」


 風魔法が作る刃が、盗賊の一人に向かって走る。だけど、術者の魔力はそれほど高くないらしい。盗賊が持つ粗末な金属盾にあたった魔法は、盾に一筋の傷をつけただけで終わった。

 なるほどね、とぼくは思った。どうしてさっさと攻め込んでいかないのかと思ったら、馬車の中にたてこもっている人が、風魔法で抵抗しているからか。しかも、今のやりとりからすると、その人物は女性らしい。山賊のほうも既に勝利を確信しているので、この際だから殺さずに捕らえようとしているんだろう。できるだけ傷つけないよう、相手が力尽きるのを待っている、ってわけだな。


 さて、どうしようか。


 探知を広くしてみたところ、半径五百mの周囲には、馬車の周り以外には反応がなかった。この場にいるのが、山賊の全員らしい。それでも、倒れている二人を除いたとして、相手は八人。そのうち、弓を持っているのが二人。そしてこっちはたった一人。普通に戦ったら、間違いなく分が悪い。

 とはいえ、見捨てるのも後味が悪いんだよなあ。


 ぼくは隠密スキルをかけたまま、道奥の林の中を進んだ。山賊たちの背後に回って、彼らに近づいていく。馬車を囲む山賊の中に、やや後ろに下がって、偉そうに腕を組んでいる筋肉質の大男がいた。なんとなくだけど、こいつが山賊のボスらしい。ぼくはこの男に、「鑑定」をかけてみた。


【種族】ヒト

【ジョブ】騎士

【体力】35/35

【魔力】7/7

【スキル】強斬 威圧 打撃耐性 剣 大剣 探知

【スタミナ】 47

【筋力】 43

【精神力】16

【敏捷性】7

【直感】1

【器用さ】1


 あっぶない。こいつ、「探知」を持ってた。まだ気づかれていないってことは、今は目の前の獲物に夢中で、このスキルを使っていないのかな。それに、ステータスだけで比べれば、ジルベールよりも強いじゃないか。騎士より強いんだから、相当の実力者なんだろう。

 彼の近くにいた二、三人も鑑定してみたけど、こちらは大男よりかなり低い数値だったので、ちょっと安心した。おそらくこの大男が、山賊のボスで間違いないだろう。



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