第36話 オーガの変異種?

 『荒野の一ドル銀貨』の後は、ぼくたちは一日、戦闘をしなかった。


 魔物がいなかったのではない。魔物の数が、あまりにも多くなってしまったからだ。十匹以上のゴブリンの群れ、牙が異常に大きな灰色のオオカミのような魔物(後で聞いたところ、ファングウルフというらしい)十数匹、犬のような顔のヒト型の魔物(コボルトらしい)がなんと数十匹……。

 どれも、戦ってもとても勝てるとは思えなかったし、村へ向かうのではなく、森の中を東から西へ移動していたため、ぼくたちは見守るだけにした。


 っていうか、ちょっと高台にある安全そうな場所に隠れていたら、次々と魔物が現れて逃げられなくなった、というのが実際のところだった。幸いなことに、どの群れも駆け足で移動していて、すぐ近くにいたぼくらには目もくれなかった。魔物の群れが途切れた隙に、何とか逃げ帰ることが出来たんだ。

 村に戻ったぼくらは、ジルベールに見たままを報告した。彼は苦い顔でうなずき、村長に向かって、見張りをさらに厳重にするよう告げた。


 ところが、その翌日に再び森に入ってみると、様相は一変していた。魔物の気配が、極端に減っていたんだ。ぼくが探知スキルをめいっぱい使って調べた結果だから、間違いはない。魔物どころか、普通の動物でさえ、数が少なくなっていた。一日中粘ってみたけれど、一匹の魔物と遭遇することもなかった。

 困惑しながら村に戻ると、そこには意外な人物が待っていた。勇者パーティーと一緒にいるはずの、ビクトル騎士団長だった。



「この付近に、オーガが近づいている可能性がある。それも、おそらくは変異種だ。オーガキングに相当するとみていいだろう」


 ぼくたちの報告を聞いたビクトルは、こう告げた。場所は、ジルベールの泊まっている村長の家だ。同席していた村長は、この言葉を聞いて青くなった。


「オーガというと、あの、オークよりもさらに大きくて強いという、あれでしょうか」


 大高が尋ねる。オークは身長二メートルほどにもなる大型のブタ顔モンスターだが、オーガはさらに大きく、三メートル近くもあるらしい。その変異種となると、さらに大きくて強いものなんだろう。

 ちなみに、「オーガキング」というのは「オーガの群れの長」とか「オーガのうち、非常に強力な個体」を指す言葉で、オーガキングという名前のオーガとは別種の魔物がいるわけではないのだそうだ。

 いずれにしろ、そんな化物が近くにいるというんだから、村長が顔色を失うのはしかたがなかった。


「うむ」ビクトルが簡単にうなずく。

「ですが、どうしてオーガとわかるのでしょうか? しかも、変異種であるとまで」

「他の場所でも、目撃があったからだ」


 表情を少しも動かさずに、ビクトルは答えた。


「ここからしばらく東に行ったところに、トルカナという町がある。一週間ほど前、トルカナ近くの森で、ゴブリンなどの魔物が大量に移動しているのが報告された。

 この異常事態に対し、トルカナの冒険者ギルドが冒険者に依頼を出して、森の調査を行った。その結果、一匹のオーガが発見されたのだ。魔物たちの移動は、このオーガから逃れようとして起きたものらしい。

 報告によると、その個体は身長四メタ近く、地竜と思われる大型モンスターの骨格の一部を身につけて鎧とし、おそらくは冒険者から奪ったと思われる、大ぶりの剣を手にしていた。

 また、行く手をふさぐ木を剣で切り倒していたのだが、その際、風魔法と思われる魔力を刃にまとわせて、大木を一刀両断にしていたという。通常個体のオーガは、魔術を使うことはない。これらのことから、問題の個体は変異種と推定された」


 『メタ』というのはこちらの単位で、だいたい一mくらいの長さだ。普通の個体よりも大きいことと、普通の個体なら使わない魔法を使っていたことが、変異種の証拠と言うことらしい。


「シュタールの森で起きている現象は、トルカナと同じだ。おそらく、トルカナで目撃された変異種のオーガが、こちらに向かって移動しているのだろう」

「その冒険者の方は、オーガを退治してくれなかったのですか」

「ギルドが出した依頼内容は、『調査』だけだったからな。しかし、その冒険者が言うには、もしも討伐の依頼であったとしても、そのまま引き返しただろうとのことだった。それほど、彼我の力の差を感じたらしい。

 彼らはベテランのBランクパーティーで、通常個体のオーガであれば、問題なく討伐できる程度の実力を持っている。この点も、変異種とみなす根拠になった」

「そんな化物が、村の近くに……」


 村長が、絞り出すような声で尋ねた。


「……騎士団長様。わたしたちは、いったいどうすれば良いのでしょうか」

「安全策をとりたいのであれば、今すぐの避難をおすすめします」


 ビクトルの答に、村長は顔をしかめた。そんなことを急に言われても、といった反応だろう。ここは元の世界の日本とは違って、すぐ近くに手頃な避難先があるわけではない。徒歩で移動すると近くの村でも数日はかかるし、行き着くまでに、魔物や盗賊に襲われてしまう危険性も高い。

 また、うまくそこに着けたとしても、食料やら住宅やらの手配がいる。たぶんだけど、国が十分な支援をしてくれるわけでもなさそうだ。そう簡単に避難を決断することなど、出来ないんだろう。

 ビクトルも、そのあたりの事情は承知しているらしく、


「が、それが難しいのであれば、まずは周囲の警戒を厳重にすることです。

 オオタカたちの報告によれば、今日になって、魔物の数が急に少なくなったという。とすると、そのすぐ後ろを、オーガが移動していると思われます。敵は今日明日にでも、この村の近くに姿を現す可能性が高いとみていいでしょう。

 森に面した方向を重点的に、万一の漏れもないよう、見張りを配置してください。また、オーガは夜行性というわけではないが、ヒトよりは夜間の活動は活発です。変異種ともなれば、行動パターンにも変化があるかもしれません。夜間にも、日中と同程度の人員を置いたほうがいいでしょう。

 もしも発見した場合も、戦おうなどとは考えないように。我々に報告を入れた上で、すぐに避難を開始してください」



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