第35話 オオタカ商会、再び
「よくやった!」
大高はそう言って、ぼくの肩を叩いた。興奮のあまり、いつもの変な口調を忘れているらしい。
「すばらしい成果です! だって、そうでしょう。商人になるのであれば、マジックバッグはとてつもない強みになります」
「商人?」
そういえば、そんな話をしたこともあったなあ。たしか、「オオタカ商会」だったっけ。王城の台所に忍び込んだ時に、一度、その話で盛り上がったような気がする。
「そうです。以前にも話しましたが、この数日で、改めて身に染みました。みなさんも、考えてみてください。この先、我々が勇者と一緒に戦っていけると思いますか?」
「それはもちろん、やれば、でき──」
「いや無理だろ、常識的に考えて」
新田の答を、黒木がさえぎった。
「向こうはオークに楽勝で、こっちはゴブリン相手に苦戦してるんだ。たぶんだけど、この先も差は広がってくんじゃないかね」
「そうですな。ジョブというものが、いわゆる『才能』を表しているのだとすれば、おそらくは追いつくことはできないでしょう。それどころか、武術組や魔術組の二班にさえ、ついていくのは難しいでしょうな。
だとすれば、我々としては、魔王退治とは別の道を探さなければなりません」
「そんなこと、この国のやつらに考えされればいいだろ?」
黒木が言ったが、大高は首を振って、
「本来ならば、その通りです。我々を呼び出した、その責任というものがあるわけですから。
ですが、これまでの我々の扱いや、さきほどのユージ君の話を聞く限りでは、そういった常識的な考え方は通じないような気がします。責任を取れと言った瞬間、後ろから刺されて終わり、となるのではないでしょうか。
それでも、これまでは『勇者と聖女の友人』という、一応の地位はありました。しかし、一ノ宮君たちが我々と離れて活動するようになったら、この先どうなるかはわかりませんな」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ。あいつらが頼れないとなると、やっぱ、冒険者になるのか?」
新田の言葉に、大高はまたしても首を振った。
「確かに、以前はそんな話もしていましたな。
しかし、さきほど黒木君も言ったではないですか。我々は、ゴブリン相手に苦戦するようなパーティーなんです。冒険者というものの一般的なレベルがわからないので断言は出来ませんが、おそらくは、やっていくのは難しいでしょう。なれたとしても、最底辺の冒険者、といったところになるのでしょうな。
かといって、他の手段で生きていくのも、簡単とは思えません。商人になりたいと言ったところで、我々はよその世界から来た、一介の高校生に過ぎないのですから。何かしらのアドバンテージ、いわゆる『チート』が必要です」
「でも、おれたちにはチートなんてないぜ? そんなものがあったら、ゴブリン相手に苦労しないよ」
「いやいや、以前にも話したではありませんか。チートはなにも、武力だけとは限りません。私は、二つほど見つけました。これと、これです」
そう言うと、大高はぼくのマジックバッグと、自分の頭とを指さした。
「一つは、この頭の中にある知識です。知識と言うより、アイデアですかな。我々は、元の世界の物事や、科学的な考え方を知っています。深遠な科学知識ではないかもしれませんが、異なった考え方、異世界の珍しい文物は、それだけで価値を生み出すことができるでしょう」
「珍しい文物って、以前に話していた、スイーツのこと?」
ぼくの質問に、大高は我が意を得たりといった表情でうなずいた。
「そうです。料理のレシピは、元の世界の料理人たちが創意工夫して作り上げた、まさしく極上の知識と言えます。
重要なのは、化学や物理の知識とは違って実用的で、私たちでも実践できることですな。いくつかのスイーツレシピは、既に王城の厨房で実作済みですし、この世界の女性に試食をしていただいております。
あの反応を見るに、あれらのスイーツがこの世界の女性には珍しいこと、そしてこの世界でもウケるだろうことは、間違いないでしょう」
大高の言葉に、ぼくはあの小さくてかわいいメイドさんを思い出してしまった。ルイーズ、今ごろどうしてるかなあ……。
ぼくは蘇生スキルの実験で殺され、別の部屋に移されて、担当のメイドさんも変わった。その直後に魔族の襲撃があり、魔族退治の旅に出ることが急に決まって、城中が大騒ぎになった。そのため、元の四人部屋に戻っても顔を合わせることができず、そのまま城を出ることになってしまっていたんだっけ。
あの城の暮らしには未練なんてないけど、あそこに行けばルイーズに会えるのなら、一度くらいは帰ってみたいかな。
「そしてもう一つが、このマジックバッグです。その有用性は、言うまでもないでしょう。運送業にでも使えば、間違いなくチートになるでしょうな。もっとも、おそらくはこの世界でも貴重品のはずですから、強盗などに気をつける必要はあります。それでも、強力な武器になることは間違いありません。
しかしです。私の考えるところでは、この二つを統合すれば、さらなるチートになると思います。すなわち、マジックバッグによるスイーツの生産、販売です! スイーツ生産においても、マジックバッグは重要な戦力となります。
商品の輸送はもちろん、原料の運搬でも役だってくれるでしょう。商売にするのであれば、かなりの量を生産することになりますからな。原料を大量買い付けし、大量運送できるのであれば、原価の低減にもなるはずです。競合他社よりもはるかに安価な原料で、見たこともないスイーツを作る。まさに、必勝の戦略でしょう。
私には、これがもっとも成功の確率が高い道だと思われるのですが、いかがでしょうか?」
「いやー、そういうのは、よくわからないけどさ。とりあえず、このバッグはどうするよ?」と、黒木。
「隠しておくべきでしょうな。使っているのを見られてしまえば、当然、その出所を聞かれます。そうなったら、返さなければならなくなるでしょう。使わず見せず、極力、隠しておくことです。
そうだ。そのバッグの中では、時間経過はどうなるのでしょう。違う次元に入ってしまうのであれば、時間の扱いも違う可能性がありますな。もしかしたら、熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいままでいてくれるのか? スイーツを入れた場合、賞味期限はどうなるのか?
気になるところですな。先ほどは使うなと申しましたが、このあたりは業務上やむを得ないものですから、こっそりと試してみることにして……」
大高の熱弁は止まることなく、新田に「その前に、魔石取るのを手伝え」と小突かれるまで、続いたのだった。
その後で試してみたところ、バッグの中に入れたお湯は、冷めずに出てきた。どうやら、バッグの中では時間経過が遅いか、止まっているらしい。この結果は、さらに大高を「スイーツのオオタカ商会」構想に熱中させて、
「すばらしい! この世界ではおそらく無い、いや、地球でもほとんどなかった、『できたて、作りたてのスイーツの配送』が可能になりますぞ!」
と叫ばせることになったのだった。
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