第34話 荒野の一ドル銀貨

 ぼくのお腹のあたりにぽっかりと開いた、真っ黒い空間。


 一度は後ずさった大高たちだったけど、すぐに黒木が珍しそうに身を乗り出してきて、黒い空間に手を伸ばした。彼の人指し指、手首、そして二の腕が、空間の中へと飲み込まれていく。上から見ると、まるでぼくのお腹に、手が吸い込まれていくように見えた。


「もしかして、これ、マジックバッグってやつか?」

「うん、そうらしい。口が開いちゃってるけど」


 黒木のやつ、こういうことに限って、めちゃくちゃ勘がいい。言い当てられたぼくは、しかたなくうなずいた。出来れば、秘密にしておきたかったんだけどなあ……。


「へー、本当にこんなものがあるんだな」

「黒木、手はどんな感じなんだ? 奥には何にもないのか?」

「何にもない。いくら手を突っ込んでも、何にも触れない。ちょっと気持ち悪いな」

「ははあ、なるほど。そういうことですか。これは『荒野の一ドル銀貨』、ですな」


 黒木たちがバッグに感心する中、大高がしたり顔で変なことを言った。


「一ドル銀貨? なんだよ、それ」

「ご存じありませんか? 大昔の映画ですよ。西部劇で、主人公が悪役に銃で撃たれるのですが、胸ポケットに入っていた一ドル銀貨に弾が当たったおかげで、命が助かります。その後、復讐に成功する、というお話しです」

「あー、そういうことか」

「え、どういうことだよ?」


 新田が納得の声を上げ、黒木は何のことかわからずに、焦った顔をしている。ぼくにも、大高の言いたいことがわかった。

 そう。たぶん、そういうことだったんだ。

 服の下につけておいたマジックバッグの口が、戦いの途中、開いてしまった。そこに偶然、ゴブリンが突き出した剣の刃先が入ったんだ。そのおかげで、ぼくはケガ一つしないですんだ、というわけだ。

 その代わり、こいつらにバッグのことがばれてしまったけどね。


 いや、ちょっと待った。「蘇生」のスキルがあるんだから、もしも死んだとしても、生き返ってはいたんだよな。じゃあ、このバックはばれ損ってわけ?

 でも、「死んだら生き返る」というところが、よくわからないんだよな。「死んだら」ってことは、重傷どまりだと、たぶん発動しないんだよね。その時は、どうしたらいいんだろう。いっそ、思い切って自殺するか、こいつらに殺してくれって頼むしかないのか?

 どっちも嫌だなあ。ビクトルの時は、突然刺されてすぐに意識を失ったから、まだ良かったけど。いや、良くはないんだけどね。

 一転して勘が悪くなった黒木に、新田が説明をしている。大高は、興味津々と言った顔つきで、ぼくに尋ねてきた。


「こんなものを、いったいどこで手に入れたのですか」

「拾ったんだよ。お城にいたときに」

「城で拾った?」

「うん。三日くらい、君らと別になったことがあっただろ?」

「ああ、確か、蘇生スキルのテストがあって、そのアフターケアのため、とか言うお話しでしたか」


 こいつらにはまだ、団長に殺されたことを伝えてはいなかった。それから、「蘇生」スキルの正体も。

 だけどこのさい、話してしまうことにした。

 バッグを持ってきた言い訳にしたかったのもあるし、いざという時に「殺してくれ」と頼むためという、実用的な理由もある。だけど、それに加えてもうひとつ、変な隠し事はしたくないな、と思えてきたんだ。

 このところ、こいつらと一緒に魔物と戦って、時にはかなり危ない目にもあった。今みたいにね。まあ、たかがゴブリン相手といわれたらその通りなんだけど、それでも多少は「生死を共にした」関係になったんだ。仲間意識、みたいなものが生まれたのかもしれない。


「──と、いうわけなんだ」


 ぼくが殺されてから生き返った顛末てんまつを、新田たちは目を丸くして聞いていた。身近な知り合いが、スキルの内容を確認するためだけに殺された、っていうのは、やっぱりショッキングな内容だったみたいだ。


「別の部屋に移された後、しばらく動けなかったたのは、生き返る時に魔力とか体力を使いすぎたせいだと思う。で、ある晩、夜中に寝ぼけたままトイレに行こうとして、廊下で拾ったみたいなんだ」

「それをそのまま、持ってきたのかよ」

「まあ、結果的にはね。でも、ぼくとしては殺人の損害賠償みたいなものだと思ってるし、このことは秘密にしてもらえるとありがたいんだけど──」

「使い方は、わかるのですか?」


 ぼくの言葉を遮って、大高が聞いてきた。


「正式な使い方はわからないけど、中に物を入れることと、出すことはできるよ。入れるのはこの中にものを突っ込むだけだし、出したいものを思い浮かべて手を入れたら、取り出せるみたいだ」

「どの程度の量が入るのでしょう」

「うーん、それは試してみたことがないから、わからないね」

「入るものの大きさは? その入れ口より大きいとダメでしょうか」


 大高が、ずいぶんと突っ込んで聞いてくる。


「ぼくもそれはどうなのかなと思って、一度試してみたんだ。部屋にあった大きなテーブルの端を、バッグの口にちょっとだけ入れて、中に入れ、って念じてみた。そうしたら、テーブルがまるごと消えてしまったんだ。

 ちょっとあせったけど、どんな仕組みなんだろうね。出すときは、やっぱり手を突っ込んでテーブルを思い浮かべたら、部屋に戻ってきた。手で中のものをつかむんじゃなくて、手を入れて念じる、ってのが大事なのかもな」

「なるほど。すると、入る量の方も、期待できますな。テーブルをまるごと入れても、平気なのですから。そういえば、いつだったか騎士の方が話しているのを、聞いたことがあります。マジックバックという魔道具は『この世界にあるが、こことは離れた場所』への入り口を作っているのだ、と。

 まあ、いわゆる『別の次元』というものなのでしょうが、だとすると量的な上限などない可能性も……」


 そんなことをぶつぶつとつぶやきながら、大高は地面の一点を見つめていた。と、急にぼくの方を振り返って、


「よくやった!」


 大高はそう言って、ぼくの肩をぱん、と強く叩いた。



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