第37話 あこがれの騎士団長
ビクトルはさらに細かい方針について、村長と話し合うようだったけど、ぼくたちはここで、村長宅を辞した。家を出たところで、大高がジルベールに尋ねた。
「ビクトル団長は、一人で来られたのですか?」
「そうだ。今回の訓練に同行している騎士の数は、それほど多くないからな。勇者様の護衛と指導のために、できるだけの人数を残したかったんだろう」
「でも、もしもオーガが来た場合、どうするんです。こっちで戦えるのは、団長さんとジルベールさんくらいですよ?」
大高が確認した。言外に、『ぼくらは勘定に入ってませんよね?』という意味を含めているんだろう。だが、ジルベールはにやりと笑って、
「たとえ俺がいなくて、団長お一人だけだったとしても、何の心配もない。王国最強とうたわれる『剣神』だぞ? オーガキングごとき、ただの一太刀で真っ二つにしてくれるだろう。実際、五年ほど前に王都近くの森で起きたスタンピードでは、原因となったオーガ変異種を、お一人だけで討伐されている」
「へー。たった一人で? 団長さんって、やっぱりすごいんっすね。以前も、一ノ宮との練習試合で、剣の一振りだけでやっつけてましたもんね」
黒木が賞賛すると、ジルベールはなぜかうれしそうな表情になって、
「あの方は、もとは貧しい男爵家の三男坊でな。一応は貴族扱いだが、貴族社会では末端の位置に置かれていた方だったんだ。が、パメラ様に剣の実力を認められて、騎士団入りすることができた。
きっかけになったのが、士官学校の在学中に開催された、剣術大会だ。その大会で、団長は圧倒的な力を見せて勝ち上がっていったんだが、最終的な結果は、準優勝に終わった。安物の剣しか持てなかったため、決勝戦で、対戦相手に剣を折られてしまったんだ。
だが、その試合を観閲に来られていたパメラ様が、団長の力を認められてな。王女様の推薦で、騎士団入りすることになった。その後も数々の戦いで勲功を上げられて、今の地位にまで上り詰めたんだ」
こちらから聞いてもいないのに、ジルベールはビクトルについて語り始めた。どうやらこの人、上司である団長に心酔しているらしい。
「あの銀色に光る鎧も、他の人とは少し違うだろ? あの鎧、なんとミスリル製なんだぞ」
「ミスリル? こちらの世界には、そんなものがあるのですな」
「ああ。ヴィルベルト教国との戦争で大手柄を立てられた時に、パメラ様から下賜されたものだ。おまえらは知らないだろうが、ミスリルは超高級素材で、性能もすごいが、値段もすごい。世界広しといえども、あんな装備を身につけている騎士は、団長ただお一人だろう」
その後もしばらくの間、ビクトルについて語った後で、ジルベールは「急いで村人たちに指示を与えなければ」と去って行った。けっこう時間を無駄にしていたような気もするけど、よかったのかな。
ぼくたちはというと、とりあえずはすることもなく、待機が命じられた。
寝泊まりしている村長宅の離れに戻ると、黒木は言った。
「しっかし、やばいことになっちまったな」
「変異種のオーガ、ねえ。一度くらいは、相まみえたい気もするが」
「冗談でも止めてくれ。命がいくつあっても足りねえよ」
新田の言葉に、黒木が本気で嫌がった。まあ、今のは新田も、本気で言ったわけじゃあないだろう。
「ですが、それだけの化物であることは、かえって幸いだったのかもしれません。このあと、我々も見張りの仕事を言いつかるのでしょうが、たとえ見つけても、戦えなどとは言われないでしょうから。力の差が、あまりにも歴然としておりますからな。
これがゴブリンの変異種といった、微妙に強い敵だった場合、おまえらで倒してこい、なんて言われかねなかったのですが」
「どっちにしても、できれば早いうちに、通り過ぎてくれねえかなあ。何事もなく」
その後、ジルベールからの指示が言い渡された。大高の予想どおり、ゴブリン狩りはひとまずお休みとなり、ぼくたちも村の警備にあたることになった。あたりまえだけど、相手が門から入ってくれるとは限らないので、村の周囲の様々な場所に見張りが設置されるらしい。
ぼくたち四人は、夜間ではなく明け方の当番があたった。一日、森に入った後ということも考慮してくれたのか、時間としては、比較的楽な時間帯だ。ただ、受け持った場所では、それぞれ一人だけで、見張りをするのだそうだ。
こう言うのって普通、二人一組じゃないの? と思ったけれど、同じことをジルベールに言った黒木は、
「気合いが足りん!」
と叱られていた。たぶん、動員できる人数が足りないんだろう。ジルベールがいなくなった後で、黒木がさっそくぼやいた。
「いやいや、気合いの問題じゃないだろ。一人じゃカバーできないかも、って話をしたんだよ」
「努力と根性の時代は終わったのですがなあ。そこらへん、わかっておられませんな」
「いや、俺は努力も根性も大事だと思うけど……」
「ジルベールさんも、最近はちょっと砕けてきた感じで、話しやすくなったと思ってたのにな。なんだか、お城にいた頃に、戻ってしまってたな」
「あこがれの騎士団長が来て、張り切っているのでしょうか」
しばらくは、ジルベールの陰口で盛り上がった。誰かの悪口を言いたかったというよりも、「オーガ変異種」という見たこともない化物が近くにいると言うことから、知らず知らずのうちに緊張していたのかもしれない。
笑いながら話をしていたぼくたちは、その翌日にあんな事が起きるなんて、思ってもいなかった。
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