第30話 純粋な剣の技
騎士団長の登場に、人垣がさっと二つに割れる。そうしてできた道を、ビクトルはゆっくりと進んでいき、一ノ宮の前に立った。
手渡された木剣で軽く素振りをしながら、ビクトルは言った。
「直接にお相手をするのは久しぶりですな、勇者様」
「そうですね。前に稽古をつけていただいたのは、この世界に来てすぐのころでしたか。何回打ち込んでもまるで通じず、本当に軽くあしらわれた、という感じでしたね。その後はずっと、テリーさんにお相手をしてもらっていました」
「そのテリーを、一撃で倒されたとか」
「はい。ですので、この次はぜひともビクトル団長にご指南をお願いしたい、と考えていました。よろしくお願いします」
ビクトルは黙ってうなずき、木剣を正眼に据えた。それに合わせて、一ノ宮も剣を構える。それを見た審判役の冒険者が、あわてて声を上げた。
「始め!」
だが、試合の開始を告げられても、しばらくの間、二人はじっと動かなかった。
高名な騎士団長と勇者の対戦とあって、周りを囲む観客も歓声を控え、かたずを飲んで見守っている。一ノ宮は、剣先を動かしたり、左右に細かいステップを踏んだりして相手の反応を誘うが、ビクトルはどっしりと構えて、動かなかった。
「一ノ宮のやつ、どうしてさっきのスキル、『縮地』だったっけ、あれを使わないんだ?」
「縮地は瞬間移動ではなく、高速移動だからですよ。下手に使ったら、騎士団長が構えている木剣に、自分から衝突してしまいます」
黒木の質問に、大高が答えた。なるほどね。だったら、別にスキルなんか使わなくても、普通に打ち込んで行けばいいんじゃないかとも思うけれど、対戦している当人には、そんなに簡単なものではないのかもしれない。
なにしろ、彼の目の前にいるのは剣聖の異名を持つ、圧倒的な強者だ。その強者の前では、どんな攻撃を仕掛けても、それを防がれて反撃をうける未来しか浮かばず、動けなくなってしまうのかもしれなかった。わざわざ威圧スキルなんてものを、使わなくても。
しばらくはそのまま時間が過ぎていき、一ノ宮の顔には、だんだんと焦りの色が浮かんでいった。
と、それを見たビクトルは急に剣を下段に下げ、その体勢のまま、一歩、前に進んだ。
「……何の真似です?」
一ノ宮がいぶかしげに問う。だが、ビクトルはそのいかつい顔を微動だにさせず、さらに一歩、歩を進めた。
「なあ、なんだあれ? 騎士団長、どう見ても隙だらけで、打ち込み放題のような気がするけど」
「わかりませんな。誘いの隙、と言うやつでしょうか? まあ、距離を縮めたのには、縮地を封じる意味があるのかもしれませんが……」
新田と大高が首をかしげている。ビクトルの圧に臆したのか、一ノ宮は一歩退いたが、それに合わせるかのように、ビクトルも前進した。そして、さらに一歩。二人の間の距離は、少し踏み込んだだけで相手に剣が当たってしまう、それくらいにまで縮まっていた。
勇者として、これ以上は怖じ気づいたような真似は見せられない。一ノ宮はそう思ったのだろうか。彼の顔つきが変わった。そして、さっと剣を上げると、気合いもろとも前に踏み込み、剣を振り下ろした。
ビクトルも同じく剣を振りかぶって、打ち下ろす。だけど、ぼくのような素人の目にも、ビクトルの動き出しのほうが遅かったように見えた。このままでは、勇者の剣が先に届くはずで、勇者一ノ宮の勝利か、と思われたのだが──。
木剣と木剣が当たる、鈍い音が響いた。一瞬の後、一ノ宮の木剣はビクトルではなく、彼の横の地面を叩いていた。
そしてビクトルの剣は、一ノ宮の頭のすぐ上で止まっていた。
驚愕の表情を浮かべる一ノ宮。そこに、審判の声が響いた。
「それまで! 勝負あり!」
理解を超えた勝負を見せられて、観客は戸惑ったような表情を浮かべていた。が、勝負ありの声と共に、先ほどよりも一層大きな歓声が、場内に沸き上がった。
「何が起きたんだ? 団長、剣をよけてなんていなかったよな? なんで一ノ宮は空振ったんだ。それに剣を動かしたのも、団長の方が遅かったように見えたんだが」
「団長の剣がそれほど速かった、と言うことなのでしょうか。それにしても、一ノ宮君の剣が横にはじかれているのは……?」
「あれは『切り落とし』だ」
ぼくたちの後ろから声が響いた。振り向くと、先ほどケガを負って退場したテリーが、装備を外した格好で立っていた。新田が心配そうに、
「テリーさん、もう動いてだいじょうぶなんですか?」
「ああ。回復魔法をかけていただいたからな。さすがは聖女様の魔法だ、すっかり元通りになったよ。王都に戻られると伺っていたのだが、私の治療のために出発を遅らせて頂いたのだ。申し訳ないことをした」
「え、白河さん、王都に戻るんですか?」ぼくは驚いて聞いた。
「うむ。パメラ様からの呼び出しがあったらしい」
「何かあったんでしょうか」
「いや、パメラ様は聖女様をいたく気に入っておられるようでな。時々、王都に呼び戻しては、お話をされている。聖女様に代わり、別の回復魔法持ちの冒険者が勇者様のパーティーに加わることになっているから、訓練の方も当面は問題ないだろう」
「それでテリーさん、切り落としって、どんなスキルなんです?」
新田が話を戻そうとする。が、彼の言葉に、テリーは首を横に振って、
「切り落としは、スキルじゃない。純粋な剣の技だ。剣をただただ真っ直ぐに、大上段から振り下ろす。やっていることは、それだけだ。
だが、それだけのことが、実際には至難の業なんだよ。どうしても、左右にぶれてしまう。そして剣筋のぶれた剣は、一直線の剣よりも遅くなるし、左右に余分な力が加わってしまう。そんな剣と、一直線の剣とがぶつかるとどうなるのか。
その答が、今の勝負だ。動き出しの遅かった団長の剣が勇者様の剣に先着し、純粋な力の剣が、余分な力の混じった剣をはじき飛ばした、というわけだ」
「はー。なるほどー」
テリーの説明を聞いた新田は目を輝かせ、両手を剣を持つ格好にして、上下に振った。いやいや、おまえの戦闘スタイルは、片手剣と盾だろ。
そんなことをしていると、試合を終えたビクトルが、ぼくたちのほうに向かってきた。ぼくたち、というよりもテリーのほうに、だろう。案の定、ビクトルはぼくたちには目もくれず、自分の部下に話しかけた。
「テリー。もう、体はいいのか」
「団長、おめでとうございます! 見事な切り落としでした」
自分のケガのことなどそっちのけで、テリーはビクトルの剣技をほめたたえた。だが、ビクトルは、わずかに眉をしかめて、
「……いや。あれは、切り落としなどではない。ただ単に、力で剣のスピードを上げ、力で相手の剣をはじいただけだ。真の切り落としを成すには、まだ修練が足りていない」
そして、
「今日は一日、体を休めておけ」
と言い置いて、訓練場を出て行った。
ビクトルは終始、ぼくを無視していたし、偶然視線が合った時も、彼の表情には何の変化も起きなかった。
自分が手を下して殺した相手を目の前にしているとは、とても思えなかった。
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