第29話 なかなかに、えげつない

 その翌日、ぼくたちはジルベールに連れられて、冒険者ギルドに向かった。


 依頼達成の手続きのしかたを教えてもらい、練習と言うことで、代表して大高が手続きをする。その後、ジルベールは報告することがあるからと、ギルド長の部屋に入っていった。たぶん、ゴブリンとの遭遇率が高すぎた件だろう。

 その間、おまえたちは訓練場で自主練をしているように、と言われて、ぼくたちはギルドの訓練場へと向かった。

 ギルドの裏手に併設されている訓練場は、学校の体育館くらいの大きさの建物だった。

 ただし、屋根の高さは体育館ほどではないし、床などはなくて土の地面のままだ。体育館というより、空っぽの倉庫の方がイメージに近いかな。奥の方に、弓道場のように斜めに砂が積まれたスペースがあるのは、あそこで弓矢や魔法の練習をするんだろうか。

 名前は訓練場だけど、たいした設備があるわけでもないので、それほど冒険者に人気のある場所ではなかった。前に一度、ここに入った時には、冒険者が狩ってきたらしい魔物の死体が並べられていて、ギルドの買い取り担当の職員が、解体の準備をしていたりもした。


 が、今日は少し、様子が違った。訓練場の前についてみると、入り口にはたくさんの人が詰めかけて、わいわいと騒いでいる。人だかりの中には、ぱっと見でも冒険者とは思えない太ったおじさんや、高齢のおばあさんの姿もあった。入り口付近にはギルドの職員が立って、観衆の整理をしていた。


「なんだ、この人たち? 何か、見世物でもあるのかな」

「ちょっと聞いてみましょう」


 大高がぼくたちからを離れて、近くで暇そうに立っていたおじさんに声をかけた。二言三言、話を聞いた大高は、すぐに戻ってきて、


「どうやら、勇者が来ているようです」

「一ノ宮が?」

「ええ。これからこの訓練場で、練習試合をするのだそうです。それを聞きつけた街の人たちが、押しかけてきたようですな」


 この混雑では訓練をするどころではなさそうだけど、ぼくらも訓練場の中に入ることにした。訓練どころではないから入った、という面もありますね。中にもたくさんの人がいたけれど、ぎゅうぎゅう詰めと言うほどではなく、ぼくたち四人も見物の列に加わることが出来た。

 そして、その見物人の視線の先にいたのが、一ノ宮だった。


 一ノ宮となにか話をしているのは、テリーだった。以前にも、王城の訓練場で一ノ宮と練習試合をしていた、巨漢の騎士だ。あの時は一ノ宮が縮地のスキルを使って、テリーを破ったんだっけ。あれから一ヶ月くらい経っているけど、勇者はどのくらい成長したんだろうか。

 二人は訓練場の中央に進むと、少し離れた位置で向かい合い、木剣を構えた。審判役の冒険者がゆっくりと片手を上げ、かけ声と共に振り下ろす。


「始め!」


 前に出たのは、今回もテリーだった。上段からの鋭い打ち込みが、一ノ宮を襲う。だが一ノ宮は、ほんのわずかに右に動いただけで、これをかわした。そしてテリーの剣が地面すれすれにまで下がった時、ぼくの目には、一ノ宮の姿が一瞬ぶれたあと、消えてしまったように見えた。

 その次の瞬間、テリーの巨体は、後ろに吹っ飛ばされていた。


「そ、それまで!」


 審判の声がかかった。

 周囲の観客は、静まりかえっていた。あまりにも一瞬の勝負に、反応することが出来なかったのだろう。判定の声に、剣道で言う突きの形で残心をとっていた一ノ宮が、ゆっくりとその姿勢を解く。その動きに応じて、観客たちは我に返ったかのように、歓声をあげた。


「おい、今のは」

「一ノ宮のやつ、一瞬、消えなかったか?」

「どうやら、縮地スキルのようですな。縮地での移動に乗せて、突きを放ったようです。なかなか、えげつないことをします」


 大高たちが話している。ぼくにも、そう見えた。気がつくと、ぼくの顔は大きく歪んでいた。無意識のうちに、王城で自分の身にに起きたことと、重ね合わせてしまったみたいだ。幸い、今回は喉ではなくて、胸のあたりを防具の上から突いていたようだけど、それでもかなりの衝撃があったに違いない。

 テリーの巨体は、倒れたまま動かなかった。何人かの冒険者がテリーの元へ駆け寄っていく。その中には上条の姿も見えた。あれ、あとの二人がいないな。


「白河さんと柏木さんはどうしたんだ? 早く、回復魔法をかけてあげないと」

「いないようです。ここは、魔術師向けの訓練場ではありませんからなあ。……とりあえず、運び出されるようですな」


 大高の言葉どおり、担架に乗せられたテリーの体が、人々のざわつきに囲まれながら、訓練場を後にしていく。どうやら、上条もついていくようだ。訓練場に残されたのは、一ノ宮だけになってしまった。

 一ノ宮は軽く肩をすくめて、観衆に向けて語りかけた。


「これでは訓練ができませんね。どうでしょう。皆さんの中で、私と戦ってみたい、と言う方はおられませんか? 私の練習試合の相手をしていただける方は、おられないでしょうか」


 この言葉に、観衆からはまた大きなどよめきが起こった。

 が、この呼びかけに応じるものは、なかなか現れなかった。訓練場内には冒険者らしい姿も多くいるが、彼らは互いに視線を交わしては、気まずそうに下を向いている。さっきのテリーとの一戦を見れば、なかなか名乗り出る気になれないのもわかる。

 そんな状態がしばらく続き、次第にざわめきが大きくなってきた頃、訓練場の奥の方から、野太い声が響いた。


「しかたねえ。ここは一つ、腕試しと行くか」


 そう言って出てきたのは、顔に大きな傷痕のある、強面の大男だった。テリーも大柄だったけど、この男はさらに背が高く、身長は二mを超えていそうだ。身につけている装備には数多くの傷がついていて、いかにもベテランの冒険者、といったいでたちだった。


「マーティーさん、いいんですか? 相手は、王都の騎士を簡単に倒したんですよ」

「これで誰も出ていかなかったら、シュタールの冒険者ギルドの名折れだからな」


 冒険者の一人が止めに入ったけど、男はそれを押しのけた。男は一ノ宮の前に進み出ると、


「マーティーだ。冒険者ランクはB。勇者様、お手柔らかに頼むぜ」

「よろしくお願いします」


 マーティーと名乗った男は、近くにいた冒険者から木剣を受け取った。一ノ宮も一礼して、双方、向かい合う。審判役が手を上げて、いざ開始の合図をしようかという時、一ノ宮が話しかけた。


「マーティーさん」

「あ?」

「あなたのその心意気に敬意を表して、全力でいかせてもらいます」

「始め!」


 試合開始の声がかかった。それと同時に、マーティーは素早く前に進み、大きく木剣を振りかぶって、咆哮と共に振り下ろそうとした。

 だが、その剣が振り下ろされることはなかった。

 まるでストップモーションをかけたように、マーティーの体は剣を上げた格好で固まっていた。その顔には、脂汗が浮かんでいる。マーティーだけではない。彼の背後にいる冒険者たちも、マーティー同様、動けなくなっていた。中には、おびえたような表情を浮かべている者もいる。


「一ノ宮のやつ、何をしたんだ?」

「おそらくですが、『威圧』のスキルを使ったのでしょう。あのスキルを受けると、レベルの低い者は恐慌状態になって、動けなくなるそうですから。マーティー殿の後ろの人たちは、その余波を食らったのでしょうな」


 黒木の疑問に、大高が答えた。なるほど、そんなスキルがあるんだな。さすがは勇者、一ノ宮はいつの間にか、そんなものを身につけていたのか。


「だけど、Bランクの冒険者って言えば、けっこうレベルは高いんじゃないか?」

「そうですな。ですから──」


 こう話している間に、マーティーが再起動した。威圧スキルから逃れたらしい。フンと大きく鼻を鳴らし、改めて大上段に剣を構え直して、気合いと共に打ち下ろした。

 一ノ宮にかわされるが、マーティーはすさまじい馬力で、連続して剣を振り下ろす。だが、一ノ宮は華麗なステップを見せてすべての攻撃をかわすと、一瞬後には深い前傾姿勢になって、マーティーの懐に潜り込んだ。


「連斬」


 一ノ宮の声が響いた。それと同時に、目にもとまらぬスピードで、一ノ宮の木剣が左右に振るわれる。両側から胴を抜かれたマーティーは、苦悶の声を上げながら前のめりになり、そのまま倒れ込んだ。


「それまで!」


 再び歓声が上がった。一ノ宮が笑みを浮かべながら手を上げると、そこに黄色い声も加わって、訓練場内は大騒ぎになった。


「ご丁寧に、スキル名を言ってくれましたな。あれが、『連斬』ですか。素早く連続で斬撃を繰り出すスキルと聞いていましたが、確かに、すさまじい速さの剣でした」

「だけどよ、あんなにスキルを見せていいのか? ああいうのって、普通は秘密にしておくもんじゃないの?」

「そうですな。もしもここに魔族のスパイでもいたら、大喜びかもしれません」


 新田の懸念に、大高もうなずいた。これが一種の引っかけで、実際の力はもっと上……ならいいんだけど、得意そうに手を振っている一ノ宮の顔を見ると、なんだかそうは思えなかった。こいつ、こんなやつだったっけ。実力がついてるのは間違いない。

 けど、先日のゴブリン退治でもそうだったけど、前とはちょっとイメージが変わったな。

 マーティーも気を失っているらしく、再び担架が持ち出されて、マーティーの巨体を搬送していった。それを見送った一ノ宮は、先ほどと同じ言葉を、観衆に向けて呼びかけた。


「他には、戦ってみたいという人はおられませんか?」


 だけど、二人続けて何にもさせてもらえず、ただただ叩きのめされただけで終わったんだ。さすがに今度は、名乗り出ようとする者はいなかった。一ノ宮はしばらく周りを眺めていたが、誰も返事を返さないのをみると、にこりと笑って、ギルドの職員に木剣を返そうとした。

 だがここで、ぼくたちの背後の方から、声が上がった。


「それでは、私が相手になろう」


 訓練場の入り口から入ってきたのは、ビクトル騎士団長だった。



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