第20話 見慣れぬバッグ

 というわけで、またまたぼくは、気がついたらベッドの上にいた。まあ、目を覚ますときって、だいたいそういうものだけど。


 軽いデジャブを感じながら、ぼくは体を起こした。窓の木戸からわずかに光がもれているところをみると、もう朝になっているらしい。うん、体調は良好。昨日よりも、かなり気分がよくなっている。この調子なら、今日か明日くらいには、みんなのところに戻れるかもしれない。

 訓練にも復帰しなければならないことを考えると、いいのか悪いのかわからないけど。そういえば、なんだか昨日の夜、花火が打ち上がったような音を聞いたような気がするけど、あれは何だったんだろう。全快祝いの祝砲かな? んなわけないか。

 うーん、と声に出しながら、右手を上げて伸びをしたところで、ぼくはたいへんなことを思い出した。


 ぼくは──殺されたんだ。


 エルベルトの前で水晶玉に手をかざした時に、後ろからいきなり刺された。あの瞬間は鮮明に覚えている。自分の胸から剣先が突き出て、大量の血が噴き出すなんて光景は、忘れろと言われても忘れられるものじゃない。かなりの痛みがあったはずなのに、そこは覚えていなかった……もう半分、死んでたからなのかな。

 ぼくを殺したのはおそらく、後ろにいた騎士団長だ。当然、エルベルトたちもぐるで、ということは、この国がまるごとぐるになってぼくを殺した、ということなんだろう。

 不思議なのは、今日の今日まで、このことを思い出せなかったことだ。もしかしたら何かの方法、例えば魔法とかで、記憶を消されていたんじゃないだろうか。だって、殺されたショックか何かで、たまたま記憶を失ったんだとしたら、向こうが予めそれを知っているはずがない。

 記憶がないことを知っていたから、「突然、倒れられたそうです」だなんて、嘘の情報を教えたんだ。


 まあ、何のために殺したかは、想像がつくよ。蘇生というスキルの性能を知りたかったんだろう。


 そしてぼくにも、あのスキルが何なのかがわかった。

 あれは他人を生き返らせるんじゃなくて、自分が生き返るものなんだ。改めて体を確認してみたけど、胸の傷はきれいに無くなっていたし、触った感じ、背中にも傷は残っていない。完璧な蘇生だ。

 服は一式、違うものに交換されていたから、元に戻るのは自分の体だけ、なんだろう。あの脱力感はおそらく蘇生の代償で、ということは、体力その他は回復しない、ってことなんだろうな。

 それにしても、そんなことのために、大切な「勇者様」の仲間をいきなり殺してしまうなんて、いったいどういうつもりだろう。たぶん、殺しても生き返るとは思っていたんだろうけれど、魔力が足りないとかの理由でスキルが働かなかったり、そもそも生き返らせるスキルではなかったら、どうするつもりだったんだろう。

 どうやらこの国は、ぼくが思っていたよりも、はるかにやばい相手らしい。


 だからぼくは、このことは黙っていることにした。


 なにしろ、ぼくのスキルはしょぼい。単に生き返るだけで、その後は、気を失ったままだ。そのうえ、生き返った後の体調などを考えると、続けて二回生き返るのは、たぶん無理。そして、我ながら情けなくなるけど、ぼくには蘇生スキル以外の強みはない。

 これでは、国に逆らったり、ここを離れて独り立ちするのは無理だ。少なくとも、今のところは。それなら、とりあえずは表向き、従順な態度を見せておくべきだろう。

 そしてこの先、生きていく力をつけることができたら、逃げ出せばいい。

 となると、殺されたことには気づいていてはいけないんだから、蘇生スキルの正体についても、知らないふりをするのがいいのかな。


 でも、この国がやばいって話は、誰かに伝えておいた方がいいかも。三班のやつらは……ダメだ。あいつら、けっこう口が軽そうだし。いよいよやばい、となったら別として、それまではそれとなーく、話を誘導するくらいにしておこう。

 ほかのみんなは……やっぱりダメだな。矢田部あたりに話したら、担当の騎士にでもチクられて、まずいことになりそうだ。

 勇者パーティーはどうだろう? 一ノ宮は、今ひとつ信用できない。最近のあいつの様子を見ると、正義のために突き進んでいるのにそんなこと言うなんてけしからん、なんてこっちが非難されそうな気がする。かといって、担当の騎士をつかまえて正面から改善要求、なんてやられても困るけどね。

 以前の一ノ宮ならこっちをやりそうなんだけど、その結果、ぼくがどうなるかを考えて行動してもらわないと。

 柏木さんと上条は、どんな感じなのか、よくわからないな……話してだいじょうぶそうなのは、白河さんくらいだろうか。でも、白河さんたちと話す機会なんて、あまりないしなあ。今では、訓練も生活するところも、別になっているから。これも、当分は保留かな。

 さっきまでの気分とは一転して、ぼくは暗い気持ちで、こんなことを考えていた。とりあえずの結論みたいなものが出て、顔を上げたとき、目の前に変なものがあるのに気がついた。


 ベッド脇に置かれたテーブルの上に、見慣れないバッグが置いてあったんだ。



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