第21話 はじめてのチート
ベッド脇に置かれた、この前までの四人部屋とは違っていかにも高級品という感じの、木製のサイドテーブル。その上に、小さめの革バッグのようなものがあった。
ついているベルトの形からすると、大きめなウェストポーチか、あるいは小さめのボディバッグみたいな使い方をするんだろうか。もちろん、ぼくの持ち物ではない。こんなバッグ、支給なんてされていないからね。どこかで買ったものでもない。城の外には出してもらっていないし、そもそもお金なんて、ぼくたちには配られていないからだ。
首をひねりながら持ち上げてみると、おぼろげな記憶がよみがえってきた。と言っても、殺された時のそれではない。昨夜の、寝落ちの時の記憶だ。
廊下で目が覚めた時に、ぼくは寝ぼけて、近くに落ちていたものを手に取ってしまった気がする。本当にうろ覚えだけど、部屋に入った時、何かを持っていたような気が……。
だとしたら、誰かの落とし物だろうか。
バッグの口は開いていたので(この世界、ファスナーなんて便利なものはないから、ボタン留めになっている)、ぼくは何の気なしに手を突っ込んで、中をあさってみた。そしてすぐに、違和感を感じた。
指の先に、何も当たらないのだ。
ぼくは手を戻して、改めてバッグを眺める。幅は三十センチくらいで、深さは二十センチほど。どう考えても、ちょっと手を入れたら底に当たるはずだ。今度は、思い切って腕を突っ込んでみた。すると、何の抵抗もなく、すっぽりと肩口まで入ってしまった。
「え?」
ぼくは手を抜き、バッグの口を広げて、中を覗いて見た。見た感じ、ごく普通の革の生地で、あたりまえだけど、ちゃんと底もついている。ただ、バッグの中に、もう一つの口があることに気がついた。そちらのボタンも外れていて、ぼくはどうやら、その中に手を入れていたらしい。その、内側にある口を広げてみると……。
中は真っ暗で、何も見えなかった。
バッグを持ち直し、中に光が入るような角度にしても、それは真っ暗なままだった。
「え、何だこれ?」
ぼくはバッグを両手持ちにして、目の高さに掲げた。にらみつけるように視線をやりながら、これはいったい何だろう? と考える。すると今度は、目の前に文字が浮かび出てきた。
『【マジックバッグ】』
ぼくはあわてて、文字に手を伸ばした。だが、何の手応えもなく、スカッと空振りして通り過ぎるだけ。そのうちに、中空の文字はひとりでに消えた。
……ちょっと落ち着こう。
とりあえず、わかりやすそうなところから考えてみよう。
マジックバッグ、か。
その手のラノベなどでは、おなじみのアイテムだ。よくある説明としては、「異次元の空間につなげて、入れたものをそこに収納する」ことで、見た目以上の体積のものを入れられるバッグのことを指す。
まあ、仕組みの説明はけっこういい加減だし、小説の中のものとこれが同じである保証なんてまったくない。だけれど、さっき手を入れてみた感じでは、確かにそういう性能のものなんだろうな、と思えた。中には、何も入ってなかったけどね。
あれ? せっかくのマジックバッグなのに、どうして何も入っていないんだろう。あ、もしかしたら入ってないんじゃなくて、取り出せないだけなのかも。こんなバッグ、使い方なんて知らないからね。
それにしても、これ、誰のものだろう?
拾ったのが廊下だったとすると、この棟で働いている人の持ち物だろうな。そしてたぶん、これってけっこう貴重品だ。というのは、今までにこういう品を、見たことがないからだ。
訓練所への移動の途中、窓の外にいろんな荷物を運ぶ人を見かけることがあった。けど、それは馬車や荷車に乗せるという、ごく普通の(まあ、現代の日本では珍しいんだけど)方法で運んでいた。小さなバッグから不自然な量のものが出てくる、なんてことは一度もなかった。
ここは王様のいる城だから、普通に考えれば、出入りするのもそれなりの地位や財力がある人のはず。なのに見たことがないってことは、マジックバッグはかなりの貴重品なんだろう。
しばらく考えた末に、ぼくは決心した。
これ、もらっておくことにしよう。
もちろん、拾ったものをガメるのは良くないことです。でもね。殺人はもっとダメだと思うんだよ。そしてぼくは殺されました。殺人と、そしてそもそもの誘拐という不法行為。それに対する損害賠償としては、これでも足りないくらいじゃないだろうか。
それに、これを持っておけば、将来の生活のために役だちそうだ。ぼくとしては、ずっとこのまま、王国に飼われるつもりはないからね。その時、何をするかはまだ決めていないけど、冒険者をするにしろ、商売を始めるにしろ、マジックバッグは貴重な戦力になってくれるだろう。
このバッグ、サイズはそんなに大きくはない。リュックの中にでも入れておけば、見つかることはないんじゃないかな。バッグの厚みもないから、肩から斜めがけすれば、服の下に隠しておくことだってできそうだ。
さらにこのぼくには、ベッドから立つのもしんどかったという、ちょっと雑なアリバイっぽいものまである。実際には、今朝になったらほとんど回復してたんだけど、そのあたりはうまくごまかそう。具体的には、今日も体調が悪いと言って、訓練をさぼりましょう。うん、そうしよう。これで決まり。
あ、念のため二、三日くらいはどこか別の場所に隠しておいて、バッグの捜索がされていないようならもらうことにする、のほうが安全かな。
バッグについては一段落ついたので、今度はさっきの、中空に浮かんだ文字について、考えることにした。だけど、思いつく説明は、一つしか無い。
「これってたぶん、『鑑定』ってやつだよな……」
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