第17話 蘇生スキルの正体
ビクトル騎士団長が剣を抜くと、ケンジの体は石の床の上に崩れ落ちた。
胸の中央近く、ちょうど心臓のある位置でシャツが縦に裂け、生地の裂け目から大きな傷口がのぞいていた。傷口からは、大量の血が流れ続けている。そんなマレビトの姿には目もくれずに、エルベルトは鑑定用の宝玉を箱に納めて、慎重に持ち上げた。
一言も発しない上司に代わり、サムエルはビクトルに軽く一礼した。
「ビクトル殿。お手数をお掛けしました」
ビクトルは剣についた血を払い、鞘に納めた。この武人の表情には、何の変化も見られない。軽く首を振って、
「いえ。しかし、よろしかったのでしょうか。勇者様のご友人に、このようなことを……」
「なに、かまいませんよ。我々の予想が正しければ、何の問題も起きないはずです」
「予想が外れていたら?」
この問いに、サムエルは軽く眉を上げた。
「それならそれで、問題にはなりません。戦力的には、なんの影響もないんですからね。
勇者様や聖女様にどのような報告するかは考えなければいけませんが、蘇生スキルを発動した代償で極度に魔力と体力が下がり、とうとう助からなかった──とでも説明することになるでしょう。
少々の混乱は起きるかもしれませんが、そのあたりはうまく処理して、逆に戦意の高揚につなげることができれば……ですが、おそらくはそうならないと考えています」
「始まるぞ」
エルベルトの言葉に、二人は会話を止めた。エルベルトは箱を持ったままケンジに近づき、血で汚れていない場所を選んで、箱を床の上に置いた。そこで再び箱を開け、ケンジの右手を取って、宝玉の上に載せる。すると、宝玉にほんのわずかな灯りが灯った。
その直後、完全に事切れていたはずのケンジの体が、びくりと動いた。サムエルはケンジに近寄り、服の裂け目に両手をかけて、横に広げた。赤黒く開いていた胸の傷口が、まるで生き物のようにうごめいている。
それはみるみるうちに塞がっていき、髪の毛一本ほどの細さまで縮むと、最後にコプリと小さな血の塊を吐き出して、動きを止めた。懐から取り出した布で、サムエルは血をぬぐった。するとそこには、わずかな肉の盛り上がりがあるだけで、傷は残っていなかった。
サムエルは胸に手を当てて、
「鼓動が回復しています」
「ふむ。呼吸もしているようじゃな。やはりか……『蘇生』スキルとは、他者の生命を蘇らせるものではない。単純に自分が死んだ時に生き返るという、それだけのもののようじゃ。
傷も塞がってはいるものの、流れた血はそのまま。因果をいじる類のものではなく、それがあるべき姿に戻すという、治癒魔法とほぼ同じ性質のものらしい。むろん、死者が復活するという点では、大きな違いがあるが」
「意識も戻ってはいませんね」
サムエルはエルベルトの隣に立って、宝玉をのぞき込んだ。
「体力はほとんど0に近い状態ですね……ジョブ、スキルには変化がありませんが、魔力は0。おや。『スタミナ』や『敏捷性』といった値も、少し下がっていますね」
「なるほどの。考えてみれば当然のことじゃが、何の代償もなしに、蘇生などできるはずがない。
スキル発動のために自分の魔力を使い、それでは足りなかったので、自らのステータスも削ることで、補ったのじゃろう。その結果、命は戻ったものの、意識不明で体力はほぼ0の、弱体化した姿になった、と言うわけじゃ。
それにしても、今回は胸を突いたのじゃが、首をはねたらどうなるのかの。病死、老衰の場合は? 代償となる魔力・体力が足りない場合は、そのまま死んでしまうのか? なかなかに興味深いスキルではあるが……」
エルベルトは首を振った。興味の対象にはなるが、実用性があるとは思えない、ということだろう。サムエルもうなずいて、
「パメラ様にはどう報告したものか。頭が痛いですね」
「どうするも何も、このまま報告するよりなかろう。なに、勇者様と聖女様がおられたのじゃ。それより上を望むこともあるまいて。召喚の儀の責任者としては、既に十分な成功を納められておるよ」
「この者はどうしますか」
「このまま、というわけにも行くまいな。念のため、治癒魔法と、記憶消去の魔法をかけて……そうじゃな。当分は、他のマレビトとは別の部屋で休ませておけ」
「記憶消去の魔法、ですか? 初めて聞きます」
ビクトルが尋ねると、エルベルトは少しうれしそうに、
「そうじゃろう。あれはあまり、使い勝手の良い魔法ではないからな。そもそも、記憶というそこに『ある』ものを、どうやったら『ない』状態に戻すことが出来るのか。
効果が似たものとしては回復魔法があるが、あれは肉体を、あるべき姿に復帰させるものじゃ。記憶には『あるべき姿』などはないから、同じ方法は取れん。では戻すのではなく破壊をすればいいかとも思えるが、下手に壊してしまうと、その人物を廃人にしてしまいかねん。廃人にするくらいなら、殺す方が簡単じゃろう。
残る方法は、記憶自体に手をつけるのではなく、その人物の意志を制約して、『その記憶を思い出そうとしなくなる』状態にする事じゃ。
種明かしをしてしまえば、奴隷術じゃよ。あの術の効果である『主人に刃向かえない』を、『先ほどのことを思い出せない』に変えてしまえばいいのじゃ。そもそも、奴隷術とは魔術の一種なのじゃが、その成立過程はかなり特殊であって──」
「では、記憶を取り戻す危険性はないのですね」
話が変な方向に行きそうな気配を察して、ビクトルは強引に質問をねじ込んだ。
「──そうじゃな。記憶そのものは存在するのじゃから、皆無とは言えん。もしも、その人物が非常に強力な刺激を受けた場合、その影響で術が解除される可能性はある。
ただし、ここでいう刺激とは魔法的な力のことであって、物理的なそれではないぞ。頭を殴られたくらいでは、記憶が戻ることはない。そんなことで術が解けるのなら、自分の頭を殴りつけて逃走する奴隷が、続出しているじゃろう。
もう一つ、その人物が魔法耐性スキルを持っている場合は、そもそも術がかからないか、かかりが弱くなる可能性はある。
そのような場合でも、奴隷術では奴隷紋という魔法陣の一種によって術の維持を図るのじゃが、記憶魔法の場合は紋を刻むわけにはいかんことが多い。その場合、多少の刺激でも記憶が回復してしまう事があり得るな。
じゃが、今回はこれにはあてはまらんじゃろう。ケンジの魔力や各種耐性については、宝玉で確認済みじゃ。そんな可能性はない、と断言しても良いじゃろう」
エルベルトはそう言い残して部屋を出て行き、サムエルも後に続いた。ビクトルは、ちらりとケンジの姿を一瞥すると、ドアを出て誰かの名前を呼んだ。やがて、ドアの外に足音が響き、続いて話し声が聞こえてきた。騎士団長が部下に、今後の指示を与えているのだろう。
冷たい部屋の床の上に、ケンジの体だけが置き去られた。
そのため、誰もこの言葉を聞いていなかった。
いや、これは当の本人にだけ聞くことができるアナウンス、それも、もしもこの世界がRPGのようなゲームだったらという、仮構の世界でのみ起こる現象だった。
だから、たとえ誰かがそばにいても気づくことはなかっただろうし、ケンジ自身も気を失っていたのだから、誰にも聞くことはできなかったのだ。そのうえ、この世界はゲームではない。仮構に仮構を重ねてようやくありえただろう、そんな出来事だった。
そこに響いたのは、こんな言葉だった。
『スキルのレベルが上がりました』
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