第16話 一つだけ、確かめたいこと
あれから、ぼくたちは夜中に何度か、厨房に潜り込んでいた。
何度も夕飯を食べ損ねたわけではなくて、元の世界のレシピを試してみるためだ。作ったのは、主にスイーツ。他の三人は台所に立ったことなんてほとんどないらしく、料理はぼくの担当だった。
そのたびにルイーズを巻き込むのは申し訳なかったけど、彼女もスイーツのおこぼれに預かることができるのは、まんざらでもなかったらしい。試食の時には、毎回、幸せそうな笑みを浮かべていたし、時にはメイド仲間を一緒に連れてくることもあった。
お菓子作りのスキル(元の世界でいう意味の「スキル」)なんてない高校生が作るんだし、材料も道具も限られているから、できたメニューはそれほどの数ではない。それでも、アイスクリーム、代用生クリームのケーキ、ふわふわパンケーキあたりは、かなりいい感じになっていたと思う。ただ、スムージーはルイーズには不評だったな。
今のところ、ぼくらの厨房侵入は、王国の人にはばれていないようだった。
◇
その日、ぼくはいつものとおりに、三班の連中と一緒に打ち込みの訓練をしていた。
まあ、訓練とは言っても、一班とはまったく比較にならないレベルではある。なんというか、バスケ部が本気で練習しているコートの隣で、お遊びのバスケットをしているような感じだ。それでも、ぼくたちはぼくたちなりに、真剣に木剣を振るっていた。いや、シャレじゃなくて、本当に。
先日、真夜中の食堂でも話していたとおり、この先どうなるのかはわからないけど、とりあえずは目の前のことを一生懸命にやるしかない、と思っていたからだ。
打ち込みが終わり、次は二班との練習試合だな、と思っていると、訓練場に魔法使いのローブを着たおじさんが入ってきた。たしか、召喚された最初の日に、エルベルトの横にいたうちの一人だ。
一ノ宮でも呼びに来たのかな、と思って見ていると、彼は一班ではなく、ぼくたち底辺組の方に近づいてきた。
「ケンジ・ユージマ、ケンジ・ユージマはいないか?」
ぼくの顔を正面に見ながら、大声でこう言われた。呼びに来た人の顔くらい覚えとけよ……と思いながらも、ぼくは前に出て、
「ケンジはぼくですけど」
「エルベルト様がお呼びだ。ついて来るように」
「えーと、今、訓練中なんですけど」
「こちらの方が優先だ。早く来い」
おじさんはそう言うと、くるりときびすを返して、そのまま訓練場を出ていこうとする。黒木がぼくをひじでつついた。
「ラッキーだな。今日は、練習試合をパスできるぞ」
「だけどなあ。あのじいさんが用事があるってことは、どうせ何かの死体を生き返らせろ、なんて言われるんだろ。ここしばらくなかったから諦めたかと思ってたのに、またやるのかな」
「しょうがない、なにしろジョブが『蘇生術師』なんだから。そこに死体がなけりゃ、生き返らせることもできないだろ?」
「そりゃ、生き返ってくれるならいいんだけどさ。結局、最後まで何にも起きなくて、それがまるで、ぼくのせいみたいな目をされるんだから」
ぼくはがっくりと肩を落とした。もしかしたら、成功するまでずっとこんなことが続くんだろうか? 『蘇生』なんて言葉にひかれて、低い可能性にかけてみたくなるのはわかるけどね。宝くじってのは、何回、何百回、何万回買い続けても、たいていの場合は当たらないんだよ……。
なんて考えていても仕方がない。ぼくはおじさんの後に続いて、とぼとぼと訓練場の出口へ向かった。
「ケンジ・ユージマ殿。どうぞこちらへ」
連れてこられたのは、広さが八畳くらいの小さな部屋だった。ぼくは、あれ、と思った。前回と前々回、死体と対面したのはこれとは別の、もっと大きな部屋だったからだ。
あ、八畳と言ってももちろん、畳敷きの和室ではない。壁も床も石造りです。そんな場所でも、広さとなると畳で数えてしまうのが、日本人の
それにしてもこの部屋、窓はないし、灯りは小さな魔石ランプ一個だけだ。この間までと比べると、ずいぶんと寂しい場所だった。こんなところで死体とご対面? と思うと、なんとなく気が乗らない。
ドアのところで尻込みしていると、中にいた三十代くらいのおじさんが、じれたように促してきた。
「ケンジ殿、こちらへ」
おじさんは胸のあたりに金色の刺繍が入った、濃紺のローブを着ている。確か、名前はサムエルだったかな。隣に座っているエルベルト魔導卿の補佐役、といった役職にあるらしい。二人の前には、古びた木の机が置かれ、その上に、頑丈そうな金属製の箱が置かれていた。
部屋の中にあるものは、これだけだった。
しかたなく前に進むと、後ろで扉が閉まる音がした。振り返ると、銀色のよろいを身につけた、両手両足が丸太のように太い大男が立っていた。
あれ? なんでここに、ビクトル騎士団長がいるんだろう。一ノ宮の訓練を放りだして、こんな場所に騎士団長がいる理由は、まったく想像がつかなかった。けれど、なんだか妙にいやーな感じがしてくるのを、ぼくは抑えることができなかった。
「さて、ケンジ殿。
先日の召喚の儀の際、あわせて『具眼の宝玉』による鑑定の儀もとり行ったのは、覚えておいででしょう。
そして、召喚に応じていただいた二十四人のマレビトの中に、『勇者』イチノミヤ様、『聖女』シラカワ様がおられることが判明、他にも『魔導師』カシワギ様が、光属性を除く七属性すべての魔法スキルを持っておられるなど、素晴らしい成果が明らかになったのですが──」
サムエルが、なにやら説明を始めた。『応じていただいた』ってのが、ちょっと引っかかるな。こっちは無理やり連れてこられただけで、応じてなんていないんだけど。
「ところがです。ケンジ殿のジョブである『蘇生術師』と、そのスキルである『蘇生』。この二つだけは、いったいどのようなものなのか、まったくわかりませんでした。様々な実験を行ってきましたし、過去の召喚の儀の記録を当たるなどして、できる限りの調査をしたのですが、一向に手がかりは得られませんでした。
これまでのところ、ケンジ殿に何らかの特殊な能力が開花した徴候はありません。魔法の才能は皆無、魔力や身体能力の数値も平均的です。しかし、もしかしたら我々が理解できていないだけで、非常に有用なスキルである可能性もあります。
来るべき魔王軍との決戦を考えれば、その可能性を捨て去ることはできません」
ぼくはますます嫌な気持ちになった。思い出すのは、これまでさせられてきた数々の『実験』だ。人間や動物の死体の前に連れて行かれ、ちょっと嫌な手触りのする体に無理やり触らされて、「スキルを使え」とやられたんだよな……。
まあ、わからなくはないよ。ラノベやゲームの設定とは違って、この世界には死んだ者を甦らせる魔法やスキルはないらしい(アンデッドはいるけど、あれは生き返ってはいないから)。聖女の伝説の魔法を除いては。
そこに『蘇生』術師が出てきたんだから、これから戦争をしようとしている国としては、のどから手が出るほど欲しいんだろう。いや、別に戦争がなくたって、生き返らせたい人や生き返りたい人は、たくさんいるに違いないからね。
でも、できないことはできないのだ。
内心うんざりしながら、ぼくはこう聞き返した。
「あのー、それで今度は、何をすればいいんですか?」
「もう一度、鑑定を受けてもらう。日にちが経ったこともあるのでな、改めて、ジョブとスキルの確認をさせていただきたいのじゃ」
エルベルトが口を開き、手元に置かれた金属の箱を開けた。中には、紫色のクッションに包まれた水晶玉が入っていた。召喚初日に見た、たしか『具眼の宝玉』だったっけ、あれよりはちょっと小さめの玉だった。おそらくこれも、鑑定用のアイテムなんだろう。
ぼくは、ちょっと拍子抜けした。
なんだ、そんなことか。以前のは間違いかもしれないから、もう一回、試してみるんだな。同じ結果になったらどうするんだろうとは思ったが、とりあえず今回は、死んだやつを生き返らせろ、なんて無理難題ではないみたいだ。
「それくらいなら、何回でもやりますよ。こうすればいいんですよね?」
ぼくはテーブルの前に進んで、水晶玉の上に手をかざした。最初の鑑定の時と同じように淡い光が生まれ、球になにやら文字が浮かんでくる。魔導師の二人が、シンクロしたような動作で、そこをのぞき込んだ。
「ふむ……ジョブは『蘇生術師』、スキルは『蘇生』のみ、か。変わりは無いな。他の能力にも、それほどの動きはないようじゃ」
エルベルトがつぶやいた。どういう仕組みなのか、水晶玉の文字はあらゆる角度から見えるようになっていて、エルベルトの対面に立っているぼくにも読むことができた。
ジョブもスキルも変化はなし、「体力」が少し上がっているくらいで、「魔力」その他はほとんど変化がなかった。ちょっとがっかりしたけど、そんなものだろう。なにしろ、変化なしという結果は、ぼくの実感そのものだったから。
そんなことを考えていると、エルベルトが尋ねてきた。
「ジョブもスキルも、前回の鑑定と変わらぬか。
これまで、さまざまな動物や人間の死体の蘇生を試みてきたたが、いずれも成功はしなかった。確認するが、あれ以降も、何らかの動物を生き返らせたり、動物以外の生き物、たとえば枯れた植物などを甦らせたことはないんじゃな」
「はい」
「蘇生を試みた際、魔力の動きは感じなかったか。体の中、腹部と胸の間のあたりで、なにかがうごくような感触は感じなかったか」
「いえ、全然」
「そういえば、おぬしは魔術自体の適性がないんじゃったな。火・風・雷・水・氷・土・光・闇、すべての属性の魔術が、発動できていないんじゃな」
「そうです。でも、生活魔法は使えましたよ」
「そんなものはどうでも良い。……スキル自体は、間違いなく存在しておる。にもかかわらず、死体を前にしても、スキルが発動することはなかった。となると……」
エルベルトは立ち上がって両手を後ろ手に組むと、テーブルの向こうを左右に行ったり来たりし始めた。
ぼくは、居心地の悪さを感じた。不機嫌そうな顔で歩き回る、いかにも偉そうな老人というのは、それだけで精神的にくるものがある。これさー、もうパワハラじゃない? とはいえ、こっちから話しかけるのも変だし、話したいことも特になかった。
目の前を徘徊する老人を見つめながら、ぼくは黙ったまま、往復の回数を数えたりしていた。
カウントが二十を過ぎて、数えるのも面倒になってきた頃、突然、エルベルトは歩みを止めた。
「となると、じゃ。もう一つだけ、確かめておきたいことが残っておる」
そしてぼくの方、いや正確には、ぼくの背後にいる騎士団長の方に視線を向けて、小さくうなずいた。
その瞬間、ぼくには何が起きたのかわからなかった。
焼け付くような痛みが胸の真ん中から全身へと走り、頭の奥で激しく鳴り響いた。喉の奥から液体が逆流して、口の中に鉄の味が溢れてくる。何か叫ぼうとしたような気がするけど、そんな程度のことさえできずに、ぼくは床の上に崩れ落ちた。
意識を失う直前、自分の胸の真ん中から、銀色の刃が生えているのが見えた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます