第15話 スイーツのオオタカ商会
こうして、ぼくたちは満腹とまではいかないものの、ある程度はお腹を満たすことが出来た。
食堂の椅子に座ったまま、けだるい満足感にひたっていると、黒木が口を開いた。
「なあ。これって、チートになるんじゃねえか?」
「チートって、異世界ものの小説なんかに出てくる、あれか? でも、プリン食ったからって、強くはならないぞ」
新田の反論に、大高が首を振った。
「そうではなく、知識チート、というやつですな。前の世界の知識を使って、武力でなく経済や政治面で無双するのです。
この場合は、デザートの店でも作ってお金を稼ぐ、といったところでしょうか」
「そうそう。ルイーズも気に入ってるし、売れるんじゃない? それに、これなら作るのに手間もかからないし」
「確かに。売れるかもしれませんな。
ただ、砂糖とハチミツが調達できるかどうかは、問題でしょう。それに、たった二品だけでは、商売としてはちょっと弱いですな」
「砂糖やハチミツは、生産系のチートでなんとかするさ。それにスイーツなんて、いくらでも種類があるだろ。作り方は知らなくても、味や材料を知ってるスイーツはたくさんある。
スタートラインが違うんだから、それだけでも有利なはずだ」
「ふくらし粉と小麦粉があれば、生地はできそうだね。ふくらし粉がなくても、パンがあるってことはイーストもあるだろうから、それを使ってもいい。ホイップクリームも、泡立て器さえあれば、できるよね」ぼくも話に乗っかってみた。
「泡立て器なんてあるのか? いや、ない方がチートになるのか。この世界では、ホイップなんか作ってないってことだもんな。錬成師だっけ、そんなジョブのやつがいたから、あいつに頼んで作ってもらって──」
しばらくは、スイーツ店の話が続いた。
「本当に需要があるのか」とか、「材料がそろうのか」とか、「作ったとしてもどこでどうやって売るのか」とか、ツッコミどころはいろいろとあっただろう。だいたい、商売も菓子作りも、全員が素人だ。スイーツの店の事なんて、本気で考えていたわけではなかったのかもしれない。
それでも、みんなで夢中になって話してしまった。たぶん、これが久しぶりに出た、楽しい話題だったからだろう。
ひとしきり夢の話をして、少し言葉が途切れたとき、黒木がぽつりと、こんなことを漏らした。
「おれたち、この先どうなるんだろうなあ」
「……この先って、そりゃあ一ノ宮と一緒に、魔王を倒すんだろ」
一瞬の間を置いて新田が答えたが、黒木は首を振って、
「クラス全体ではそうかもしれないけど、おれたちは、って話だよ。ぶっちゃけ、おれたちって使い物にならいだろ? 魔法にしても、剣にしても。それでも勇者についていけ、っていうならそうするけどさ。正直なところ無理があるし、たぶんだけど、そうはならないんじゃないか?」
「そうならないなら、どうなるっていうんだよ」
「追放」
黒木は簡潔に答えた。えっ、と言ったまま言葉を失ってしまった新田の隣で、大高がうんとうなずいた。
「追放ですか。それもまた、異世界ものではおなじみですな。しかし、ぼくたちにとっては、追放も悪くないかもしれません」
「どこがだよ。追放だぞ? ここから放り出されるんだぞ」
突っかかるように新田が言うが、大高は涼しい顔で、
「考えてみてください。ぼくらのジョブは格闘家、農術師、蘇生術師、土属性の魔術師です。蘇生術師はともかくとして、他の三人は、どちらかと言えば正規の戦闘以外で輝くジョブではないでしょうか。
土属性魔術と農術師は、どちらかというと生産職向けのジョブでしょうし、格闘家も騎士には向いていないかもしれませんが、戦闘自体は不得手ではありません。たとえば、これも異世界ものでおなじみの冒険者という仕事があるのなら、それにはぴったりではないですかな。
だとすれば、追放されるのもまた良しです」
「そりゃそうかもしれないけどさ。魔王を倒せば、元の世界に戻してくれるんだぞ? それはどうするんだよ」
「そんな話もありましたな。しかし、魔王が倒されれば、そのニュースは国中に広まることでしょう。それを聞いてから、王城に駆けつければいいのです。
ああ、その時のために、一ノ宮君や騎士団の方たちとは、定期的に連絡を取っておくべきかもしれませんな」
大高は答えた。この話しぶりからすると、彼は『元の世界に帰す』という話を、それほど重視はしていないようだ。それほど帰りたくはないのか、それともあの約束自体を信用していないのかは、わからないけど。
「でもさあ、もしも追放されたら、その先はどうするんだよ。っていうか、おまえら、なにかしたいことがあんの?」
黒木の質問に、大高は、
「そうですなあ。ぼくはやっぱり、商売をしたいですかな。
ぼくはこの世界の基本的な知識や、生活レベルなんかは知りませんが、この世界にない知識や、この世界にない考え方は持っているつもりです。そして、この世界の知識については、暮らしているうちに自然と入ってくるでしょう。
ということは、元の世界の知識や考え方は、ぼくたちの武器になってくれるはずです。これを最もに生かせるのは、商売の道でしょう。最初は、さっき話していたデザートなどを扱うのがいいかもしれません。が、そのうちに手を広げて、この世界の大商人になってみたいですな。
そうそう、追放された時に、手切れ金のような形で、商売のための資金をもらえればありがたいですな。ですから、むこうの心証をよくするためにも、当面は目の前のことに頑張るべきでしょう」
「大高に言われたからってわけじゃないけど、おれはやっぱり、冒険者かな。格闘家というジョブが、魔物を倒すのに向いてるっていうんなら、冒険者になって実力を試してみたい。それで世界を旅してみるのもいいな。
ここに飛ばされたのは不運だったけど、来てしまったことは変えられないんだ。それなら、いろんなところを見て回ってみたい。
そうだ、大高が商人をするんなら、商売の旅の護衛をしてやってもいいぞ。専属契約で」
「でも、冒険者という仕事なんて、実際にあるのかな?」
「あ、ありますよ。冒険者ギルドというところがありまして、冒険者になる方はそこに登録して、依頼を受けるんです。魔物退治をしたり、旅をする商人の方の護衛をしたり、といった依頼があるそうです」
ぼくの疑問に、ルイーズが答えた。冒険者、それから冒険者ギルドという仕組みも、勇者が起源らしい。この勇者、どうやらラノベを読んでいたみたいだな。とすると、ぼくらと同じ世界、同じ時代から来た人なのかもしれない。
まあ、そんな仕組みが生き残っているということは、それがこの世界に合っていた、ってことなんだろうけど。
「やりたいことって言ったら、おれは本当は貧しい地方の領主になって、知識チートをしたかったんだけどな。その手の話、けっこう読んできてるし。領主が無理なら、領主の指南役とか。そうだ、軍師なんかもいいな。おれ、三国志はけっこう詳しいんだぜ。
……え、無理? それがダメなら、田舎でスローライフでもするか。農術師として農地の改良でもしていれば、そのうち大農家になれるんじゃないかね。大高が食べ物関係の商売をするなら、その原料の売り手になってやるよ。友達価格で独占販売してやれば、ウィンウィンだろ?」
「じゃあぼくは、商品開発でもするのかな。スイーツメニューを作って、そのアイデア料で暮らすんだ。本当は新田と同じで、冒険者もいいかなと思ったんだけど、蘇生術師ってジョブが、ちょっとね」
黒木に続いてぼくも話に乗ると、すかさず黒木が茶化してきた。
「そうかもなー。ギルドに登録する時なんかに、邪魔になるかも」
「字面だけをみて、人を生き返らせることができるのか、と言われそうですな」
「で、変に持ち上げられて、大きく落とされるわけだ。やっぱこいつ使えねえ、って」
「かんべんしてよ。そういうのは、この城の中だけでいいよ」
笑いが起きた。ぼくたちはそのあとも、想像上の「オオタカ商会」の話で、しばらくは盛り上がったのだった。
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