第14話 勇者様のおかげかも

「フレンチトースト? よさそうだけど、食パンなんて残ってないぞ」

「パンの耳があるから、それを使うんだよ。名付けて、『パンの耳・フレンチトースト』。ねえルイーズ、ボールとフライパンと大きめのお皿、それからフライ返しと卵をかき混ぜる道具はあるかな?」


 ルイーズはこくんとうなずいて、道具を探しに行ってくれた。

 この『パンの耳フレンチトースト』、元の世界でも作ったことがある。姉さんがパンの耳が嫌いで、食パンを買ってきたらまず耳を切って、捨てる人だった。それがもったいなくて、何かに使えないかなとネットで探して、こういうものがあると知ったんだ。


 さてその作り方。ボールに、砂糖と牛乳と卵をいれて、よく混ぜます。そこに、パンの耳を適当な大きさにちぎって並べ、卵を混ぜた牛乳に浸してひたひたにします。それを耐熱皿(今回は人数が多いので、大きめの深皿)に移して、電子レンジで一分くらいチン。

 フライパンにバターをひき、チンして少し固くなったパンの耳をそこに移して、両面を焼いていく……のだけれど、こっちには電子レンジなんてないから、オーブンで代用しましょう。上下両面から熱が加わるタイプらしいから、たぶんだいじょうぶだろう。

 適当に熱が通ったところで、フライパンに移し、コンロにかけてさらに焼けばいい。


 簡単な料理だから、作れるからといって料理男子、ってほどではない。それでも、一連の作業をしている間、黒木たちは感心したような顔つきで、ぼくの動作を見ていた。ルイーズも興味深そうに、ぼくの手の動きを目で追っていた。それにしても、魔道具の調理道具って、けっこう便利だよな。

 ところが、フライパンを熱し始めたところで、食堂の方で何か物音が聞こえた。

 料理の手を止めて、様子をうかがっていると、どうやら食堂の入り口のあたりに、誰かいるらしい。困ったな。口をつぐむことは出来るけど、フライパンで焼く音、それから料理の匂いは隠せないし……。


「私が見てきます」


 こう小声で言って、ルイーズが様子を見に行ってくれた。やがて、話し声のような音が聞こえた後、食堂のドアを閉める音がした。ドアの向こうに足音が響き、それが少しずつ遠ざかっていく。

 その後は、調理の音が響くだけの、静かな食堂に戻った。

 ぼくたちは顔を見合わせて、ほっと胸をなで下ろした。ここまでやっておいて、取り上げられたりするのは嫌だったからね。


 さてと。あとは適当な時間、フレンチトーストをフライパンで焼くだけだな……。と思っていたぼくだったけど、ふと手元を見ると、牛乳に卵を混ぜた液が、かなり余っているのに気がついた。卵自体もまだ残っている。ぼくは、念のために声を小さくして、黒木たちにきいた。


「残った液で、プリン作ってみようか」

「プリン!? あれって、そんなに簡単にできるのか?」

「簡単なやつはね。柔らかいタイプじゃなくて、ちょっと昔風の、固めのやつ。こっちの方が時間がかかるから、フレンチトーストを焼きあげる前に、先に作っておこう」


 まずは砂糖を少しの水に溶かして火にかけ、カラメルを作る。注意点は、ちゃんと真っ茶色になるまで煮詰めること。色がついただけで安心してはだめで、そこでやめると、ただただ甘いだけの砂糖シロップになってしまう。カラメルは、焦げてこそカラメルなのだ。

 で、これに少しのお湯をかけて溶かし、プリンのカップに移す。ここには専用の容器なんてないので、適当な大きさの小鉢をカップにした。冷めたカラメルの上に、卵・牛乳・砂糖を混ぜた液体を、カラメルと混ざらないようゆっくりと入れる。この時、茶こしかなにかで漉しておいた方がいいかも。

 大きな鍋にプリンのカップを並べ、鍋に適当な量の水を入れてから、フタをして火にかける。湯気が立ってきたら弱火にして、蒸し焼きに。そのまま、二十分ほど待つ。


 ぼくは一連の作業を無言で進め、黒木たちも無言でそれを見守った。これも別に難しい料理ではないけれど、さっき変な物音が聞こえたことと、デザートという、元の世界の象徴のような食べ物のイメージが、一種の緊張感を生んでいるようだった。

 ぼくたちはただ黙って、厨房の掛け時計を見つめていた。

 無事、二十分が経過したので、ぼくは鍋を火から下ろした。あとは、容器を取り出して、冷蔵庫で冷やせばプリンの完成だ。ほっとひと息をついて、ぼくは久しぶりに口を開いた。


粗熱あらねつを取ってから、冷蔵庫に入れるんだけど……冷えるまでにちょっと、時間がかかるな」

「あ、それはだいじょうぶだと思います」


 ちょうど厨房に戻ってきたルイーズが、別室の冷蔵庫の方向を指して言った。指はそちらを向いているが、目の前にある見慣れない料理に興味津々なのか、彼女の目はプリンに向いたままだ。


「これが、プリンというものですか……」

「あ、ルイーズ。さっきの音はなんだったの?」

「同じ部屋の下女仲間の一人が、なかなか私が帰らないので、何かあったのかと見に来てくれたんです。心配はいらないからって、帰ってもらいました」

「そっか。それで、だいじょうぶってのはどういうこと?」

「あの冷蔵庫は、調理したての熱いお皿を入れても、すぐに冷えた料理になってしまうんだそうです。だから、時間はかからないんですよ」


 なにそれ、すごい。どんなに熱いものでも、一瞬で冷たくしてくれるってこと? でも、魔法ってそんなものなのかも。氷魔法なんて、それこそ一瞬で、氷を作ったりするだもんな。

 ちょっと待てよ。だとしたら、部屋全体が冷蔵庫になっている倉庫って、もしも中に人がいたら、命の危険があるんじゃないの? いやいや。さすがに、安全装置みたいなものはあるよね。そう願おう。


「じゃあ、このお鍋は、冷蔵庫に入れておいて、フレンチトーストを焼こう」


 プリンに時間をとったため、お皿の中身はちょっと冷めてしまった。けど、特に問題はない。フライパンにバターを落として火にかけ、バターが溶けたら、形が崩れないように、皿の中身をフライパンに移す。

 あとは、弱火から中火くらいの火で数分間熱し、途中でフライ返しで上下をひっくり返して、もう数分火を通す。

 できあがったものをピザ風に切って、人数分のお皿に移し、ハチミツを適量かければ、これで『パンの耳フレンチトースト』のできあがりだ。


 厨房から食堂のテーブルに場所を移して、お皿を並べた。立ったままのルイーズの前にもお皿を置くと、ルイーズは目をぱちくりさせた。


「ルイーズも、一緒に食べようよ」

「え? 私もいただいていいんですか?」

「もちろんだよ。な?」

「そうそう、こうして一緒に忍び込んだんだから、おれたちはもう共犯だよ」

「いや、どっちかってーと、ルイーズが主犯じゃねえの? 彼女がいなければ、ここに来ることもなかったんだし」

「あの、えーと……」

「ルイーズの分も、切っちゃったしさ。熱いうちに食べよう」


 半ば強引に彼女も席につかせて、いただきます、と食べ始めた。なお、こっちの世界にはお箸はなく(いや、世界中を探せばあるのかもしれないけど)、食事で使うのはナイフとフォークだ。この二つを使って食べるのにはまだ慣れないけれど、フレンチトーストに関しては、この格好がぴったりくる。

 小さく切ったひとかけを口に運ぶと、ハチミツの甘さとバターの風味が、口の中に広がった。


「うまいな」

「うん、うまい」

「普通のフレンチトーストよりも、生地がケーキっぽく感じますな。この甘さと柔らかさが、なんというか……懐かしい気がします」

「こんな料理があるんですね。美味しいです。これ、勇者様の世界の料理なんですか?」


 パンの耳から作ったにしては、なかなか好評のようだ。こっちの世界に来てから、こういうスイーツ系の食べ物って、食べてないからなあ。砂糖やハチミツは高級品ということだから、簡単には作れないんだろうな。

 それなりの大きさに作ったフレンチトーストが、あっという間に、なくなってしまた。

 お皿とフォーク、ナイフを流しに入れて、今度はプリンを入れたカップを冷蔵庫から取り出す。カップを触ってみると、ルイーズの説明どおり、あまり時間がたっていないのに、もう十分に冷えていた。

 カップと小皿をテーブルに運んで、いよいよデザートの時間だ。小皿の上にカップを逆さまにし、スプーンでうまく空気をいれて、プリンをお皿に落とす。きれいにカラメルが載った、富士山型のプリンができあがった。もちろんこれも、ルイーズの分も作ってある。


「おう、これは、ちゃんとプリンだ」

「あんな作り方で、プリンになるもんなんだなあ」

「なんちゅうもんを作ってくれたんや……」

「これ、美味しいです! この、ちょっと苦みのある黒いソースが、ぴったりですね!」


 プリンもまた、全員が夢中になって食べてくれた。中でもルイーズは、いつになく高いテンションで感想を述べている。昔風のプリンって、そんなに難しいものじゃないんだけどな。いにしえの勇者様も、これは伝えなかったのかなあ。

 あ、牛乳や卵などの材料が、まだ一般的ではなかったのかもしれない。だとしたら勇者様は、最初に材料から手をつけなければならなかったのかも。だとしたら、このプリンもやっぱり、勇者様のおかげなのかもしれないな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る