第7話 異世界と言えばチートなのに

 ……と、思っていた時期が、ぼくにもありました。


 何を思ってたのかって? いろいろと、だよ。だって異世界召喚、って言えばチートでしょ。

 「勇者様」や「賢者様」とちやほやされて、チートな能力でどや顔できるとか。勇者にはなれなくても、元の世界の知識で「オセロ」や「石鹸」を作って、がっぽり大もうけするとか。田舎領主の息子にでもなっていれば、「堆肥作り」や「楽市楽座」で内政チートして、のし上がっていくとか。あ、最後のは召喚じゃなくて、転生か。

 もちろん、最初からこの召喚はやばそうだな、と思ってはいた。だけど、万が一の可能性にかけていたんだ。

 でも、現実は厳しかった。


 だいたい、石鹸の作り方なんか知らないし、これから戦争しようって人にオセロで遊ぼうとも言いにくい。ぼくには異世界の知識があるから事務をやらせてください、と言ってもみたんだけど、簡単な問答をしただけで却下されてしまった。いや、

「おまえは何を知っていて、何ができるんだ?」

と聞かれただけなんだけどね。

 英語や国語はもちろん意味がないし、政治経済も社会の仕組みが違うから、直接は使えない。歴史の教訓を語れるほど詳しくはないし(マキャベリや孫子あたりを読んでおけば良かったかな)、倫理で「自由」や「民主主義」を語るのは、たぶんだけどやばいことになりそう。

 生物や物理、化学だって、そのままで通じるのかどうか、ちょっと不安だ。魔法のある世界で、エネルギー保存則は通用するんですかね。数学はというと、とりあえず四則演算以上のものは、求められていないみたいだ。

 学校の先生も、知識だけじゃなくて、この勉強はこんなことに役に立つよ、ってことを教えて欲しかったなあ。

 あ、後で聞いてみところ、堆肥や三圃式農業は、この世界にもあるそうです。考えてみれば、三圃式農業ってたしか、昔のヨーロッパでやってたんだよね。ここの文明が中世ヨーロッパレベルなら、あってもおかしくはないよな。


 というわけで、召喚の翌日から、ぼくは戦闘や魔法の訓練を受けることになった。


 最初は、勇者や聖女もみんな一緒に、武術訓練や魔法の練習をさせられた。だけどすぐに、別々になりました。ジョブやスキルって、すごいんだね。剣士タイプのジョブをもつやつは、剣のスピードや体のさばきがどんどん速くなり、何十回と剣を振っても疲れ一つ見せないようになった。

 魔術師タイプの人は、訓練をしなくても炎や水、風などを出すことができて、何回か練習するうちには、それがどんどん大きく、強くなっていった。

 なかでもすごかったのは柏木さんで、彼女は火・風・雷・水・氷・土・闇、つまり光を除く七つの属性の魔法を操ることができ、しかも持っている魔力値(いわゆる「MP」ってやつ)が桁違いに大きいんだそうだ。さすがは、『魔術師』の上位ジョブ、『魔導師』になっているだけはある。

 訓練中、彼女が大きな炎を出して、魔法耐性がついているはずの的を破壊した時には、男子だけでなく、女子も歓声を上げていた。柏木さんは女生徒からも人気があるからなあ。ぼく? ぼくは魔法適性が無しなので、魔法の訓練からは外されました。今は生活魔法が使えるよう、自主練中だ。


 魔法の訓練がなくなったので、今ぼくが受けさせられているのは、武術の訓練だった。


 ぼくらが集められたのは、王城の中にある訓練場だった。ちなみに、最初に召喚された部屋は王城の中にある一室だそうで、食事や泊まる場所も、同じ建物の別の部屋になっていた。要するに、城の中から一歩も外に出してもらっていない。なんとなくだけど、人目を避けているような感じがする。

 集められたのは、召喚された生徒の半分くらい。ジョブの適性によって、ぼくらは魔術組と武術組の二つに分けられたんだけど、そのうちの武術組のほうだ。

 適性によって、と書いたけど、実際には魔法が使えるかどうかで分けられた、が正確なところだろう。蘇生術師という、どう考えても物理戦闘向けとは思えないジョブ持ちのぼくが、武術組に入れられてるんだから。

 魔法が使えない人に魔法の訓練をさせるのは無駄だってのはわかるけど、だからといってその人が、武術が得意とは限らない。当たり前の理屈だ。でも、そんな当たり前の意見は、ここでは通じませんでした。

 で、その結果は、どうなるかというと。


「ハアッ、ハアッ……」

「……」

「……なんで……ハアッ、おれが……ハアッ、……こんなことしなくちゃならないんだよ!」


 息も絶え絶えに地面に横たわる、三人の男の出来上がりだった。

 誰の発言かというと、順番にぼく、大高、黒木だ。それぞれのジョブは蘇生術師、土属性の魔術師、農術師で、剣士や騎士なんて一人もいない。そんなやつらに、チェーン・メイルと鉄兜を装備したままランニングをさせれば、こうなるのは当然だろう。

 ちなみに、こっちに来てすぐに学生服は没収されて、ちょっとごわごわした布地の長袖のシャツと、紐で留めるズボン姿になっている。たぶん、こちらの世界では上質な服なんだろうけど、なにしろ色が薄いグレーでそろえられているので、なんとなく囚人服っぽい。

 そんな服装の三人が、そろって地面に倒れてるのは、昔の映画にありそうな、悪役の看守にしごかれる囚人のシーンのようにも見えた。

 そんなぼくらの姿に、新田があきれた顔で声をかけてきた。


「おまえら、だらしねえぞ」

「そ……そんなこと言ったって……こっちに来て、まだたった一週間だぞ。そのくらいで、体が変わるもんか」


 ちなみに、この世界の一週間は七日、一月は三十日。一年は十二月の三百六十日だそうだ。日本と似ていて、わかりやすい。うるう年のような仕組みもあるらしいけど、細かいところまでは聞いていない。


「いや、俺はけっこう、変わってきた感じがするけどな」

「お……おまえは、ジョブが『格闘家』だろ! おれたちとは違うじゃねえか」


 息を切らしながらの黒木の反論に、新田は得意げに答えた。


「その上、もともとがサッカー部員だからな」

「……わたくしは魔術師なんですがなあ……。体力作りとか、いらないんですがなあ……」


 大高が嘆く。魔術師の大高が武術組に入っているのは、彼の魔力値が低くて、魔法では戦力にならないとみなされたためだ。また、土属性は攻撃魔法としては使いにくい属性なで、この国ではあまり評価されていない、という理由もあるらしい。


「そうは言うけどよ、魔術師として扱ってもらえないなら、結局、体力がいることになるんだぞ。前衛の位置で戦わされる、ってことなんだから」

「なら、おれは? 農術師って、名前からしたらどう見ても生産タイプだろ。なんで戦闘訓練させられるんだよ」

「おれに言われてもな。っていうか、農術師ってどんなジョブなのか、よくわかんねえし」


 黒木の苦情を、新田はあっさりとスルーした。ちなみに農術師というのは、分類としては魔法職の仲間に入るらしいけど、やっぱり戦闘魔法は駄目みたいだ。だから大高同様、魔術組ではなく武術組に回されたんだろう。

 そんなぼくらの様子を横で見ていた、ジルベールという若手の騎士が、大きな声で号令をかけた。


「休憩は終わりだ! 三班は武器を持って集合!」



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