第8話 そんなへまはしませんよ

「休憩は終わりだ! 三班は装備を持って集合!」


 ジルベールの号令を受けて、ぼくたち三人はようやく、地面から起き上がった。


 三班というのは、新田を含めた、ぼくたち四人のことだ。武術組は三つの班に分けられて、それぞれに教官役の騎士がつけられている。この班の教官役になっているのが、ジルベールだ。

 もう想像がついているかもしれないけど、武術組の中での班分けも、例によって能力別で分けられている。三班は能力値が三番目、つまり最も使えないと判断された班だ。

 ぼくと大高と黒木はともかく、格闘家の新田がなぜここにいるかというと、この国ではこの格闘というジョブの評価が高くないため、こうなってしまったのだそうだ。まあ、よほどの達人でもなければ、武器を持って戦った方が強そうだからね。剣道三倍段ともいうし。

 ちなみに、魔術組も同じく能力別に一班、二班にわけられている。それから勇者の一ノ宮、聖女の白河、重騎士の上条、魔導師の柏木の四人は、「勇者パーティー」ということで別扱いだ。あれ? ということは、武術組三班は武術組だけではなく、全体でも最下位ってことになるのかな……。


 ぼくは荒い息を整えながら、木剣と木の盾を手に取った。ランニングの時点で、既に他の班とは差ができていて、一班・二班はもう練習を始めている。木剣を引きずりながら、ジルベールの前に集まろうとした時、黒木が手を上げた。


「ジルベールさん! 一班のほうで、何かやってますよ」


 黒木の声に、ぼくは訓練所の、ぼくらのいる場所とは反対の側を見た。確かに、そこには人だかりができていた。その中心にいるのは、木剣を持って向き合った二人の男だった。


「あれって、一ノ宮じゃないか? ジルベールさん、勇者が練習試合をするみたいですよ。おれたちも、見学させてもらえないっすかね? なんていうか、後学のため、ってやつで」


 黒木がこんなことを言い出した。おそらく、少しでもさぼりたいための口実なんだろうけど、確かに勇者がどんな試合をするのかは、興味があるかな。

 ジルベールのほうも、勇者の力を見てみたかったらしい。ちょっと考えたあと、OKを出してくれた。班の全員でぞろぞろと一班の方へ向かうと、二班の連中も訓練を中止して、人垣に加わってきた。

 こうして、勇者の練習試合は、その場にいた全員の注目を集める形で行われることになった。


 一ノ宮の相手は、テリーという騎士だった。堂々たる体躯の巨漢で、身長は二メートル近くはありそうだ。装備は二人とも大きな両手剣で、盾は手にしていない。二人が中央に進み出ると、人垣の中の女性陣から、応援の声が上がった。

 ちなみに、この女性陣と言うのは、この城の女性騎士たちだ。男性よりも数は少ないけど、女性が剣士系統のスキルをもつこともあるから、女性でも騎士になるのは珍しくはないらしい。

 そんな彼女たちが応援しているのは、長年苦労を共にしてきたはずのテリーではなく、一ノ宮の方だった。イケメンかどうかの判断基準は、こっちの世界でも変わらないみたいだ。


 審判役の騎士が開始の合図をすると、テリーは人当たりのいい微笑みを引っ込めて、一気に前へ出た。そして気合いもろとも、一ノ宮めがけて上段から切り込んでいった。


「でやあっ!」


 鋭い打ち込みにみえたが、一ノ宮はバックステップで軽くかわし、テリーとの距離を取った。空振りの形になったテリーだったが、体勢を崩すことなく、継続しての突きを見せる。


「一ノ宮君!」


 喉を狙う危険な突き技に、観戦の女性陣から悲鳴が上がった。だが、一ノ宮は涼しい顔のまま、上体のわずかな動きだけで、この攻撃もかわしてみせた。そして三度目の突きの際、伸びきった相手の剣に、自分の木剣をあわせた。鈍い音が響き、テリーの体勢が崩れそうになる。

 一瞬だけ硬直したテリーの胴を狙って、今度は一ノ宮が、横一文字の剣戟を繰り出した。決まったかに見えたが、テリーは間一髪のところで剣を引き戻し、なんとか防御する。そのまま後ろに下がって、両者はいったん、距離をとった。


「さすがですね、テリーさん」

「王国の騎士たるもの、相手が勇者様であっても、簡単に負けるわけにはいかないからな」


 テリーはにやりと笑って、すぐに真顔に戻った。

 しばらく見合った後、再度攻撃を仕掛けたのは、またしてもテリーだった。上段からの攻撃を、一ノ宮は今度はよけようとはせず、真正面から木剣で受け止めた。その体勢のまま、両者はつばぜり合いを演じる。しばらくの間、木剣のこすれあう音が低く響き、周囲の観衆は固唾かたずを飲んで、次の動きを見守った。

 やがて、次第に一ノ宮が押されて、後ずさるようになっていった。二歩、三歩と後退を続ける一ノ宮。体格の差を生かして、テリーが試合を有利に運んでいるように見えた。

 次の瞬間、一ノ宮の姿がフッ、と消えた。


「何!?」


 テリーの叫び声が上がった。気がつくと、一ノ宮は後ろに数歩、退いた位置にいた。支えを失ったテリーの体が、大きく前のめりになる。その隙をついて、一ノ宮の木剣が振り下ろされる。それに気づいたテリーは必死に剣を合わせようとしたが、一ノ宮の姿は再びかき消えて、今度はテリーの右斜め後ろにいた。

 背後から剣を突きつけられて、テリーは動きを止めた。


「参った」


 テリーの言葉に、女性陣から歓声が上がった。


「今のは『縮地』のスキルか? さすがは勇者様だな。もうそんなスキルを、しかも連続で使えるようになっていたか」

「はい。ですが、まだまだです。テリーさんの圧力が強すぎて、スキルを使って逃げることしかできませんでした」

「かまわないさ。別に、スキルの使用を禁止していたわけでもないし、スキルが卑怯なわけでもない。実戦では、使わなければ殺されてしまうこともあるんだから。

 だが、気をつけて使えよ。『縮地』は、へたをすると自分から相手の剣に突っ込んでいってしまう、諸刃の剣になるからな」

「ははは、そんなへまはしませんよ」


 一ノ宮は高く笑った。テリーは一瞬、表情に険しさをにじませたが、すぐに元の柔和な笑顔に戻って、今の一戦の反省会を始めた。



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