第6話 おそらく答は単純なんじゃ

 『蘇生術師』と聞いたレスリーは、驚きの声を上げた。

「『蘇生』ですって? 素晴らしいではありませんか。死んだものを生き返らせることができるのならば、例えば勇者様方と一緒に行動してもらえば、勇者様、聖女様に万が一のことが起こっても、安心できますからな。

 いや、それよりも王城内にとどめておいた方がいいか。勇者に攻め込まれた魔族どもが、苦し紛れに、王城に強襲をかけることも考えられます。勇者様が万全の状態にあって、万が一など考えられないのであれば、むしろ陛下のそばに控えてもらった方が──」

 興奮した調子でしゃべるレスリーだったが、エルベルトは首を振って、

「いや。それがどうやら、違うようなのじゃ」

「違う? といいますと?」

「わしも、最初はそういう能力を持つジョブかと思ってな。いろいろと試してみたんじゃ。

 まずは、ヒトの死体を使って、蘇生できるかどうか試してみた。馬車にひかれて死んだ直後の子供の死体を用意し、蘇生術師をその前に連れて行って、蘇生させるよう命じてみたんじゃ。じゃが、駄目じゃった。蘇生はもちろん、傷を負った部分の修復もなされなかったし、スキルや術式の発動自体、感知することができなかった。

 ヒトではなく、馬や犬といった動物でもやってみたが、結果は同じじゃ。何も起こらなかった」

「ですがそれは、まだスキルに目覚めていないだけなのでは?」

「いや、宝玉の鑑定によると、スキルは既に『蘇生』を持っている。持っているスキルは、その一つだけじゃがな。

 魔力、体力などの値は、他のマレビトと同等かやや劣っている程度じゃから、魔力が足りていない可能性はある。じゃが、だとしたら、スキル発動の失敗や、魔力が不足している感覚があってもおかしくはないはずなんじゃが、本人にきいても、そんなものは一切感じていないという。

 スキルというものは、それを持ってさえいれば、発動自体は半ば自動的になされるものじゃ。上手い下手はあるにしても、な。その発動が起きないとなれば、蘇生というスキルは、目の前に死体がある状態で使うものではない、ということなのじゃろう」

「では、だとしたら蘇生とは、いったいどういうスキルなのですか?」

「その点について、一つ、試してみたいと思っておることがある。なに、おそらくじゃが、答は単純なことなんじゃよ。

 ただ、それが当たっていたとしても、良い知らせにはなるまいと思うが……」

 エルベルトは髭をなでながら、思わせぶりな台詞を吐いた。


 ◇


 会議の終了後、室内にはパメラ王女とレスリー財務卿が席に残っていた。

「姫様。ご苦労さまでした」

「ひとまずは、成功と言っていいのでしょうね」

 パメラの顔に、疲れた笑みが浮かんだ。

「そのように考えてよいかと。国軍、それから魔法省の同意と協力を取り付けましたから」

「エラルド兄様の了承も、いただけたということになりますね」


 今日の会議の参加者で、明確に第一王女派と呼べるのはレスリーと、騎士団長のビクトルくらいだった。

 エラルド第一王子派に属するデニス軍務卿などは、当初は勇者召喚を「無謀な試み」と反対しており、成功した後になって、会議への参加を決めていた。勇者という戦力に関与したいがための変心だろう。エルベルト魔導卿には国政へ関与する意図などはなく、召喚という新たな術式、及び「勇者」「聖女」という希少なジョブへの興味のみで加わっているに過ぎなかった。

「この先は、勇者様がどのていど成長され、わが国統合のシンボルとなってくれるか、にかかってくるのでしょう」

 パメラは立ち上がって、会議室の窓へ近づいた。窓ガラスの向こうに広がる王都の風景を眺めながら、ここに至るまでのなりゆきを思い返していた。


 カルバート王国は、百年前に滅んだリーゼリブルグ王国の後継を自称する、この大陸における大国の一つだ。だが、現在の王国には、かつての栄華は残っていなかった。

 現国王エドモント・リーゼンフェルトは、若くして即位した後に拡張政策に転換し、たちまちのうちにいくつかの小国を併呑して、王国の最大版図を実現した。ところが、無理な拡張策がたたって、王国・占領地ともに経済が疲弊。その結果、各地で反乱が起き、周辺国の介入もあって、併合してきたほとんどの国は、独立するか周辺国の領土となってしまった。王国に残されたのは、エドモント即位時よりも一回り小さくなった領土と、破綻した財政だけだった。

 エドモントは失意のために引きこもるようになり、現在ではすべての政務を、王太子であるエラルドに任せていた。

 さらに今年に入って、エルミオ第二王子とニールス第三王子がとつぜん王都を離れ、イザーク王国との境に位置するロドルフ辺境伯のもとに身を寄せるという事態が発生した。まだ明確に反旗を翻したわけではないが、第二・第三王子は事実上の独立勢力として、政権非主流派の貴族たちからある程度の支持を集めている。

 このような状況下で、両派の和解のために奔走していたのが、パメラだった。だが現在までのところ、彼女の努力は功を奏してはいなかった。このままでは遠からず内戦に突入し、落ち込んだ国力をさらに衰えさせることになるのが、目に見えていた。


 パメラが、彼女の主導によって魔族征伐の軍を起こし、また反対論を押し切って勇者召喚を実行したのは、そんな結末を回避するためだった。魔族領は極寒の北の地にあり、ここを征服して王国の領土に加えたとしても、実質的な利にはとぼしい。また、現在の魔王は単なる「魔族の国の王」に過ぎず、これを積極的に討伐する理由も見当たらなかった。

 それでも、「勇者と聖女」を旗印に、ヒト族共通の敵である魔族を討ったとなれば、地に落ちてしまった感のあるカルバート王国の威信を回復することが出来るだろう。また、勇者という存在は、国内においては王国統一の象徴となって非主流派の動きを牽制し、また周辺国、特に東に隣接するヴィルベルト教国に対しては、その権威と戦力が大きな重しとなってくれることが期待された。

 問題は、そのような未来が、はたして本当に訪れてくれるかどうか、なのだが……。

 窓の外を見ながら、パメラはため息をついた。

「そのためには、まずはシラカワ様と、じっくりお話をしなければなりませんね」


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