第5話 有象無象と奇妙なジョブ

 一ノ宮やケンジたちがこの世界に召喚された、その翌日のこと──。


 王城の会議室の一つに、「勇者召喚の儀」の主な関係者が集まっていた。

 広い部屋の中央に円卓が置かれ、上座にはパメラ・リーゼンフェルト第一王女が腰を下ろしている。彼女の右には魔法省トップであるエルベルト・ホイル魔導卿、左には王国軍を統括するデニス・バイロン軍務卿が座り、その横には王国の財務を担当し、ある意味では王国の実情を最も良く把握しているとも言える、レスリー・マクレガー財務卿が並んだ。王女直属の第五騎士団を率いる、ビクトル・レングナー騎士団長の姿も見える。

 その他、各省庁の筆頭事務官やその代理も顔をそろえるなど、そうそうたる面々が列席していた。


 会議の冒頭、やせ形で背が高く、口元にひげを生やした四十代くらいの男性が祝意を述べた。

「パメラ様。このたびの勇者召喚の儀のご成功に、あらためてお祝いを申し上げます。この成功は、わが国が成し遂げた偉大な業績として、末代まで語りつがれることでしょう」

 穏やかな笑顔を浮かべながら、パメラは答えた。

「ありがとう、レスリー。勇者様がおられたと聞いて、私もほっといたしました」

「しかも、勇者様だけでなく、聖女様までおられたとか。彼らは来たるべき魔族軍との戦いで、欠かせぬ戦力となってくれるに違いありません」

「そうですね。私も、そうなるよう期待しております。

 ですが、予期しなかった問題も、いくつかありましたね」

「そのようですな」

 パメラの言葉に、デニスが何か含むところがあるような調子で応じた。頭部はきれいにはげてしまい、かつては筋骨隆々としていた体にも、今ではかなり贅肉がついている。だが、剣のように鋭い目つきには、往年の覇気が残っていた。

「召喚されたマレビトは、合計二十四名。ですが、勇者様や聖女様を含め、皆おしなべて能力値のレベルが低い。あのままでは、使い物になりませんな。また、重騎士が一人と、七属性の魔導師が一人おりましたが、それ以外の者のジョブには、特に見るべきものはないようです」

「しかしその点は、それほど問題にはならないでしょう。そもそも、最初の目標は勇者様の召喚だったのですからな。その点はクリアしております。それに、レベルが低いのなら、鍛えればよい。マレビトの成長はおしなべて速い、と記録には残っていますし、ましてや勇者や聖女のジョブを持っている方となれば、なおさらでしょう」

 レスリーが反論した。『マレビト』とは、勇者でなかった者もふくめた、召喚された者たちの総称だ。続けてエルベルトも

「その通り。それにじゃ。今回の儀が成功だったと言うのは、勇者様をお呼びすることができた、その点だけを指しているのではない。これまでは、既に失われた物語に過ぎなかった『勇者を召喚する方法』、それを明確な形で組み上げることができた。この点が重要なんじゃよ。

 むろん、今のままでは、パメラ様の個人的な才能、属人的な魔力操作の能力なくしては、実現困難なものじゃな。そこで魔法省としては、今後これらの術式の簡略化 一般化を研究していく予定じゃ。上級研究員の主だったものには、既にその指示を終えておる」


「それよりも問題は、勇者様方の心構えでしょうね」

 パメラ王女が口をはさんだ。

「心構え、ですか?」

「はい。どうやらマレビトの方々は、魔族軍との戦いに参加することに、あまり積極的ではないようなのです。それどころか、戦いそのものに忌避感をお持ちの方もおられます。勇者イチノミヤ様にはすぐにご理解いただけたのですが、特に聖女シラカワ様が……おそらくは、元いた世界の影響が残っているのでしょうけど」

「女神に選ばれ、導かれた者たちが、ですか……なんとも嘆かわしい」

 デニスは苦い顔で首を振った。カルバート王国で支配的な「アルティナ聖教」はヒト族至上主義の色彩が強く、ヒトと古くから対立している魔族の排撃は、教義の一つとなっている。また、この世界では国と国、種族と種族との間で毎年のように戦争が起きており、また治安機関もそれほど発達していないため、たとえ同じ国の中であっても、殺し・殺されることは日常茶飯事となっている。

 これがこの世界の「常識」だ。デニスの発言は、こうした背景から出たものだった。


「しかし、その点についても、この後の訓練、教育次第でありましょう。それで、勇者様方の訓練については、どのような計画が?」

「それに関して、我が第五騎士団が担当するよう、パメラ様から仰せつかっております」

 レスリーの質問に答えたのは、ビクトル騎士団長だった。胸の前で組んでいる両腕は丸太のように太く、首まわりの筋肉も高く盛り上がっている。歳はまだ三十代だが、黙ってそこに座っているだけで、周囲を圧倒する威圧感を放っていた。

「情報秘匿のため、当面は王城内の訓練場で訓練を行う予定です。勇者様や聖女様を含めたマレビト全員を、最低でもCランクの魔獣を倒せる程度には、持っていきたいと考えております」

「マレビト全員を? 有望なジョブを持っているのは勇者様を含めて四人程度で、他にたいしたジョブはなかった、と聞いているが」と、デニス軍務卿。

「その通りですが、さきほどレスリー卿も指摘されたとおり、マレビトがどのような成長を見せるか、予断ができません。ですので当分の間は、全員まとめて同じ訓練を受けてもらいます。勇者様としても、周りに同郷の人間がいた方が心強いでしょう」

「ふむ。『ラインダースの英雄』に育ててもらうとなれば、さぞかし、有能な戦士になることでしょうな」

 デニスの言葉には、多少の皮肉が交じっていた。国軍の立場からすると、勇者たちが騎士団の預かりになることが、あまり面白くないのかもしれない。

 なお、ラインダースとは十年前のヴィルベルト教国との戦いで戦場になった地名である。ビクトルは、ラインダース平原の会戦で敵の大将格を討ち取ったことで勇名を上げ、その後、騎士団長に昇格していた。その際、彼に付けられた『剣神』の異名は、カルバート王国内のみならず、周辺各国にまで知れ渡っている。


「まあ、有象無象のジョブだからといって、そのままにしておく手はないか。使い途がありそうなら、それを探した方がいいでしょうな。ところで、有象無象と言えば、奇妙なジョブを持つものが一人いた、と聞いたが」

「奇妙なジョブ?」

 レスリーが首をかしげた。彼は財務の専門家で、ジョブの種類や能力に関しては疎いようだ。エルベルトがうなずいて、こう答えた。

「うむ。蘇生術師、じゃな。わしも初めて見た」


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