第2話 素晴らしきクラス召喚
その後は、わりとスムーズに話が進んだ。
新田がしつこく文句を言って騎士に剣を突きつけられたり、黒木がスマホを王女(さっきの金髪縦ロールは、やっぱりこの国の王女様らしいです。誰かが「姫」と言ってたしね)に向けて別の騎士に取り押さえられたり、大高が「こ、これは異世界召喚?! こんなことが本当にあるのですな!」と興奮した大声を出しておじさんたちに気味悪がられたりはしたけれど、それ以外はアクシデントもなく、
「ひとまず、この人たちの話を聞きましょう」
とみんなに言ったのも大きかったけど、武装した集団に取り囲まれたら、こっちは何もできないよね。ある意味、新田たちはたいしたものだと思う。バカだけど。
説明役はパメラ王女ではなく、さっき興奮していたヒゲのじいさん、エルベルト魔導卿だった。魔導卿というのは「魔法省」のトップで、かなり偉い役職だそうだ。
この人の、妙に長ったらしい話をまとめると、こんな感じになる。
・ここはぼくたちがいた地球ではなく、それどころか同じ世界ではない、いわゆる異世界であること。
・最近、魔族の国が勢力を増していて、この国(「カルバート王国」というのだそうだ)の平和が脅かされていること。
・ぼくたちの中にいる「勇者」に戦いに加わってもらい、魔族の王である「魔王」を倒して欲しいこと。
そして元の世界に帰る方法は、使命を果たしたら帰還が許されるだろうから、頑張って魔王を倒せ、だそうです。
「魔王との戦いは、命をかけたものになるじゃろう。じゃが、勇者様方であれば、それをなすことができると信じておる」
「ちょっと待ってください。帰還を許す、とはどういう意味ですか。あなたがたが、必ず帰してくれるのではないんですか?」
白河が質問した。さらさらと垂れ落ちたセミロングの黒髪に、夢みるような下がり気味の瞳。我がクラスの委員長は、学年で一、二を争う美少女でもある──まだ、「あった」とは言いたくないな。
いつもなら優しく響くその声には、今は理不尽な扱いに対する、強い憤りがこもっていた。
「これは言い方が悪かったかな。むろん、魔王との戦いが終われば、勇者様方は元の世界にお帰しする。それは、これまでの召喚と同様じゃ。
じゃが、それには条件があってな。送還の術式を発動するためには、膨大な魔力が必要となるのじゃ。魔王を倒し、きゃつの持つ魔力を法具に吸収することができれば、その力によって、送還が可能になるじゃろう」
「だから、今すぐ帰る事はできないと?」
「そのとおり」
エルベルトはうなずいた。「勝手にこんなところに連れてこられたんだから、すぐに帰せ」という当たり前の要求が、「できないものはできない」で、あっさりと切り捨てられてしまった。
怒るのが当然なところだけど、白河は憤りを抑えた声で、こう続けた。
「ちょっと待ってください。それなら、どうして私たちを召喚することができたんです? 魔王とか言う人を、倒さないとだめなんじゃないんですか?」
「その法具に、長い時間をかけて、魔力をため込んでおいたからじゃな。実はここにも、姫様の工夫があるのじゃ」
エルベルトは、よくぞ聞いてくれたとでも言うようにうれしげな笑みを浮かべて、
「マジックドレインという魔法があっての。闇系統の魔法の一つで、敵の魔力を奪う効果がある。魔力を貯蔵する法具にも同様の機能はあるのじゃが、その対象はごく限られたものじゃ。
それに対してマジックドレインは、魔法陣と組み合わせることで、より広範囲のものを対象にすることが出来る。姫様はこの点を利用して、法具とマジックドレインを結びつけることに成功されたのじゃ。
しかも、魔法陣を複数箇所に配置することによって、その範囲を王都の全域にまで広げることができた」
「あ、あの──」
白河が口をはさもうとするが、エルベルトはそれを無視して、
「むろん、王都全域を対象にしても、そこにいるほとんどは、一般の民草じゃ。彼らの持つ魔力などたかがしれているし、魔力が枯渇すれば倒れてしまうから、吸収できるのはその一部のみとなる。一人一人から得られる魔力は、微々たるものに過ぎんじゃろう。じゃがそれでも、王都に住まう民の数を考えれば、全体では馬鹿にできん量となる。
姫様はここに、さらなる改良を加えられた。ブレイブという、味方の士気を鼓舞する魔法を組み合わせるのじゃ。むろん、マジックドレイン同様、ブレイブの対象も魔法陣によって広げておくのじゃよ。
そして、民の好む儀式、たとえば戦勝祈念の式典や凱旋パレードのたぐいを開き、その時にあわせて、ブレイブとマジックドレインを発動するのじゃ。するとどうなるか。熱狂した民草から、効率的に魔力を吸収することが出来たのじゃよ。
このような工夫を重ね、ことあるごとに儀式を開催することを繰り返したことで、法具を魔力で満たすことができたのじゃ」
魔法の仕組みがどうとか、組み合わせの工夫がどうとか、ぼくたちには関係も関心も無いことを、エルベルトは長々と説明した。どうやらこのじいさん、ある種の「研究バカ」らしい。
白河も少し毒気を抜かれたような様子だったけど、ここで表情を改めて、
「帰れないのなら、せめて連絡を取ることだけでもできませんか? 家族に、私たちが無事であることを伝えたいのです」
「無理じゃな。おぬしらのいた世界とを結ぶ扉は、既に閉ざされておる。
なにしろ異なる世界の間をつなぐのじゃ、維持するだけでも膨大な魔力が必要となる。そのような無駄なことはできん」
「勇者はぼくたちの中にいる、と言いましたね。ぼくたちの中の誰か、ということですか? 全員ではなく?」
今度は一ノ宮が声を上げた。短めに整えた茶髪に彫りの深い顔、そしていつもならそこに、親しみやすそうな笑顔を浮かべている。ひとことで言えば、イケメン。そのうえスポーツ万能、成績優秀、という絵に描いたような優等生だ。
ちょっと融通の利かないところもあるけど、それも正義感の強さから来ているんだろう。クラスの副委員長は吉本だけど、実質的な男子のリーダーは彼、といった感じになっていた。
この質問に、エルベルトはうなずいて、
「勇者様は、一つの世界に最大でも一人しか存在せん。これはどのような世界であっても同じじゃ。これはどちらかというと定義の問題で、神の最も強い祝福を受けた者が、勇者というジョブを授けられるのじゃな。
むろん、その前提条件として、祝福を受けられるだけの素地を持っておらねばならんのは、言うまでもないことじゃが。
もっとも、勇者様のいる世界に、別の世界の勇者様が来た場合はどうなるかというのは、興味深い問題じゃ。これについては──」
「だとしたら、どうしてクラスのほとんど全員が連れてこられたんです? ここには二十人以上の生徒がいますよ」
長くなりそうな説明をさえぎって、一ノ宮が次の質問を口にした。
「姫様がどれだけの偉業を成し遂げられたのか、おぬしらにはまだわかっておらんようじゃ」
右手でゆっくりと髭をなでつけながら、エルベルトは答えた。
「無数にある世界の中から勇者様がおられる世界とその位置とを探し当てたのち、そこから勇者様を呼び寄せる。召喚を成すためには、この二つの段階が必要になるじゃろう。
ところが、位置を特定し、その後で召喚魔法を唱えても、まったく別の場所にいる者が呼び出されてしまうのじゃ。どうやら、世界というものは、すさまじい速さで『動いて』おるらしい。そのために、特定したはずの『位置』がずれてしまうのじゃ。
リーゼルブルグ王国末期に召喚の秘術が失われて以降、いくつかの国が召喚の儀を行っておるが、そのことごとくが失敗に終わったのは、どうやらこれが原因らしい。
そこで姫様は、位置の特定と召喚を、同時に並列で実行することにしたのじゃ。
むろん、どちらの術式もSSクラスの難易度であり、実行するには高度の魔法制御と、とてつもない量の魔力が必要になる。魔力そのものは、先ほど述べた法具に蓄えてあるのじゃが、膨大な魔力をコントロールすることだけをとっても、非常に難しい。
ましてやこの二つを同時に実行するなど、人間離れしたわざと言ってよいじゃろう。
……そうそう、なぜ多くの者を召喚したか、じゃったな。今、同時に実行すると言ったが、これは厳密には『ほぼ』同時じゃ。どうしても、位置の特定が先になされることになる。
そして厳密に同時でないのなら、勇者様の場所はある程度、動いてしまうじゃろう。よって、召喚はある程度の広さを対象にしなければならないのじゃ。むしろ、召喚がこの範囲だけで済んだのは、姫様の魔法の信じられぬほどの練度の高さを示していると言えるのじゃ。
わかっていただけたかな」
誇らしげに言うと、エルベルトはもう一度髭をなでた。
聞いただけでわかる。これ、やばいやつやん。
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まだ1話目だったのですが、さっそく「応援」を1件いただきました。ありがとうございます。こういうのは、思ったよりも励みになります。
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