追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記
ココアの丘
第1章 王都追放篇
第1話 ようこそ、勇者様
第1話のページを開いていただき、ありがとうございます。
各話はちょっと短めになるかもしれませんが、できるだけ毎日投稿するようにしたいと思いますので、よろしくお願いします。
なお、冒頭にいきなりグロ(というほどでもないか)めな描写が出てきますが、グロさはここがマックスだと思いますので、その点はご安心ください。
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その瞬間、ぼくには何が起きたのかわからなかった。
焼け付くような痛みが胸の真ん中から全身へと走り、頭の奥で激しく鳴り響いた。喉の奥から液体が逆流して、口中に鉄の味が溢れてくる。何か叫ぼうとしたような気がするけど、その程度のことさえできずに、ぼくは床の上に崩れ落ちた。意識を失う直前、自分の胸の真ん中から、銀色の刃が生えているのが見えた気がした。
あ、これはだめだな。と、ぼくは思った。こりゃだめだ。間違いなく、これは死ぬなあ……。
ただ、意識を失う直前に、こんなことも思ったんだ。
そういえば、おんなじようなことが、前にもあった気がする。
次に目が覚めた時には、ぼくはどんなことが出来るようになっているんだろう、って。
◇
「じゃ、そろそろ部活に行くよ」
「また明日な」
「おう、いってらっしゃい」
上松と河北が教室を出て行くのを、ぼくは椅子に座ったまま見送った。上松たちとは中学からのつきあいだけど、高校になったら二人とも部活に入ったので、放課後に一緒になることは減ってしまった。と、上松が扉のところで振り返った。
「ユージはまだ帰らないのか?」
「ん? ああ」
ぼくは生返事を返した。ちなみに、「ユージ」というのがぼくのことだ。なんとなく本名っぽいけど、これは中学時代のあだ名。名前が夕島研二だからユージという、よくわからないあだ名がつけられていた。高校からの同級生には「ケンジ」と呼ばれるのが、なんだか紛らわしい。けどしかたがない、こういうのは、本人が考えるわけじゃないから。
「暇してんなら、今からでもうちの部に来るか? 弓道部は、人数がぎりぎりだからな。新入部員、いつでも歓迎してるぞ」
「いや、べつにそういうわけじゃない。これから帰るよ」
ぼくが軽く手を振ると、上松は「またな」と言って、廊下へ出て行った。なんだか、気を使われたようだ。
まあ、なんか家には帰りづらいな、と感じているのは、そのとおりだったりする。けど、それはなにか明確な問題があるからではなくて、「なんとなく」のレベルの話だ。それほど真剣に悩んでいるわけでもない。
それに、二年で新しく部活に入るのも、それはそれで気を使いそうだしね。
ぼくはぼんやりと、教室の中を見渡した。
放課後の教室は、相変わらずの騒々しさだった。
その中心にいたのは、いつものメンバーだ。クラス内カーストというものがあるとしたら、最上位にいるグループ。一ノ宮優希、上条武明、白河美月、柏木郁香の四人組で、それぞれを四文字熟語で表すなら、文武両道、体育会系、清楚可憐、お姉さま、となるだろう。そんなメンツだった。最後の「お姉さま」は熟語ではないけど、後輩の女子生徒がそう呼ぶのを、実際に聞いたことがある。
一ノ宮たちが何を話しているのかは聞こえなかったけど、たぶん、文化祭の準備の話だろう。たしか、あいつらが実行責任者みたいな役に就いたはずだから。クレープ屋か何かをする、って話になったんじゃなかったっけ? うちの高校、一年生は研究発表をさせられることが多いけど、二年からは自由にやらせてもらえるから、参加者も気合いが入っている。
と言っても、文化祭があるのは六月のことだ。いまは四月の半ばで、それほど日程が詰まっているわけでもない。のんびりと、企画の細かいところを考えている段階だろう。
中心から外れたところにも、いくつかの集まりができていた。教室の一番隅にいたのは、大高浩市と黒木潤だった。これも大雑把なイメージだけで言うと、太ったオタクとやせメガネ。いや、大高が本当にオタクかどうかは知らない。四月に同じクラスになったばかりで、まだあまり話していないからね。けど、人は第一印象が九割だそうだから。ただし、黒木はべつにガリ勉というわけではなく、逆に勉強がそれほど得意でないことは、この半月ほどのつきあいだけでも、だいたい察しがついていた。
その隣で、ぽつんと一人で座っているのは矢田部悠真。あいつも、帰宅部だったはずだ。あ、サッカー部の新田正成が、教室に戻ってきた。一度出ていったはずだけど、忘れ物でもしたんだろうか。……。
こんなところで、クラスメートたちをぼーっと見ていても、しかたがないな。
上松に答えたとおり、ちゃんと家に帰りましょうか。
と、ぼくが椅子から立ち上がった時。何の前触れもなく、それは起きた。
◇
「──おお、成功じゃ! 成功しましたぞ!」
気がつくと、いかにも白人っぽい顔の作りのおじいさんが、感極まった声を上げていた。薄くなった白髪にあごひげを長く伸ばし、なんとも古めかしい、物語に出てくる魔法使いが着るようなローブを身につけている。手に握っているのは節くれ立った古い杖で、その先端には、水晶の玉のようなものがはめ込まれていた。じいさんは喜びを満面に浮かべ、見開いた両目には、大粒の涙さえにじんでいた。
周りを見回すと、ぼくはいつのまにか、薄暗くて妙に天井が高い、石造りの部屋の中にいた。さっきまで教室にいたはずのクラスメート、一ノ宮や大高たちも、石の床の上でしりもちをついて呆然としている。その床には円形の変な紋様のようなものが描かれていて、それがわずかな光を放っていた。
そうだ、この紋様だ。
これに似た模様が、教室の床に、急に浮き出てきたんだった。そしてそれが、いきなり輝き出したんだ。ぼくらはそのまぶしい光に包まれて、それで……。
「なんと、本当に実現してしまうとは……」
「すばらしい。さすがは大聖女グロリア様の再来と言われる、パメラ姫様じゃ」
「伝説上の出来事を、この目で見ることができるとはのう」
紋様の周りに立つ、さっきのおじいさんに似たような格好のおじさんたちから、驚きの声がこぼれてくる。彼らの賞賛の的になっているのは、ぼくらの正面にいる若い女性らしかった。彼女もまた、ヨーロッパの古い絵に出てきそうな豪華なドレスを着て、ブロンドの髪は縦ロールになっていた。歳はぼくらより、少し上くらいだろうか、気品ある顔だちで、かわいいというよりきれいなタイプの女性だ。
その両隣に控えているのは、和風ではなく西洋風の甲冑姿に、剣を手にした男。持っているのも日本刀ではなく、真っ直ぐなロングソードで、一言で言うと、騎士っぽい格好だった。良く見ると、ぼくらの周りは、同じ武装をした男たちで取り囲まれていた。
この、なんとも非日常的な光景を目の前にして、ぼくたちは言葉を失っていた。
でも、ほうけていたのは一瞬だった。次の瞬間、ぼくらは揃ってスマホを取り出し、全員揃って画面をタップしだした。そしてそれぞれに、「通じない」「次の画面に行かない」「アンテナが0本なんだけど」といった言葉を叫び、電源のオンオフを繰り返したりした。もちろんぼくのスマホも、どのアプリも満足に動かなかったし、どのサイトにもつながらなかった。たぶんだけど、これは格安SIMのせいなんかじゃない。
しばらくして、ようやくぼくらが落ち着いた、あるいは放心して動けなくなったのを見て、金髪縦ロールが一歩前に踏み出た。
彼女はにこやかな笑顔を浮かべて、こんなことを言った。
「ようこそおいでくださいました、勇者様」
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