第3話 これ絶対やばいやつ

 ひととおりの説明が終わって、

「では、勇者様方はこちらへどうぞ」

と、場所を移されることになった。


 ぼくらは騎士に囲まれたまま、暗い廊下をぞろぞろと歩いていった。その廊下も石壁に石の床で、まさしく西洋の古城を歩いている感じ。よく見ると、廊下のところどころに灯りがともっていた。たいまつとかではなく、どちらかというと電灯に近い感じの光だ。そういえば、さっきまでいた部屋も、薄暗かったけど真っ暗ではなかった。あの光は何だろう? なんとなくだけど、この世界に電気があるとは思えないんだけど。

 そんなことを考えていると、黒木がその灯りを指さして、隣を歩く騎士に尋ねた。

「あの光っているの、何です?」

 さっき取り押さえられたばかりなのに、こりないやつだ。しかし、聞かれた方は特に気にしていないらしく、こちらも気軽そうな声で、

「光っているもの? 魔石ランプのことか」

「マセキって、芸能事務所じゃないっすよね。魔力のある石? もしかするとあれ、魔法で光ってるんすか?」

「そのとおりだが……ああそうか。勇者様の世界は、魔法がないんだったな。子供の頃、そんな話を聞いたことがある。あの昔話は、本当だったのか」

 黒木のボケは軽くスルーされたけど(世界が違うのなら、通じるはずがない)、その代わりに、騎士は変なところに感心していた。彼の話によると、かつてこの世界に来た勇者のことが子供向けのお話になっていて、その話の中で、勇者がもといた世界のことも、少し紹介されているのだそうだ。黒木はというと、こちらもスベったことなどなかったかのように、

「ってことは、やっぱり魔法があるんすね!」

「もちろんだ。と言うか、さっきの話を聞いていなかったのか? 勇者様を呼び出した召喚魔法もその一つなんだから、魔法があるのは当たり前だろう。それにだ。勇者様は、おれたちの言葉がわかるだろ? これは、『言語理解』の術式を組み込んで、召喚したからだそうだ。この術式も、かなり高度な魔術なんだぞ」

「いやあ、そのあたりは、詰めの甘いドッキリの可能性もあるかと思ってたんで……」

 黒木はまた、相手には意味がわからないだろう言葉を口にした。でもまあ、そうだよな。「異世界に呼び出された」よりは、「異世界に呼び出されたドッキリ」のほうが、現実味はありそうだよな。


 だけどぼくの中では、そちらの可能性はかなり低くなっていた。なにしろ、セットが大規模すぎる。新しく作ったんじゃなくて、あったものを借りたんだとしても、こんな石だらけの廊下なんて、そのへんにあるものじゃないだろう。それにさっき、黒木のやつが本気で押さえつけられていた。今のご時世、素人相手に暴力を振るうドッキリなんて、放送できるわけがない。

 黒木が実は芸能事務所に所属している役者で、叩かれるのも演技のうち、って可能性もないことはないけど、あいつが芸能人というのなら、まだ異世界召喚の方がありそうだった。

 あと、ラノベとかでよくあるのは、ここがVRの世界、って設定かな。けど、これもたぶん、ないだろう。そんな高性能のVRマシンなんて聞いたこともないし、あったとしても、田舎の一高校生に過ぎないこのぼくに、わざわざ使う理由がない。


「そんなことより、魔法っすよ魔法! それって、誰でも使えるんすか。ぼくらも使えます?」

「生活魔法程度なら誰でも使えるが、向き不向きはあるな。もしも魔法関連のスキルを持っていれば、確実に使えるぞ。これから勇者様のスキルを調べるから、それでどんな力があるかがわかるはずだ。

 けどまあ、勇者様たちなら、だいじょうぶじゃないか? これも昔話で聞いた話だが、勇者様とお供の方は、世界を渡る時に、優秀なジョブや特殊なスキルを与えられることが多いらしいからな」

「おお! いわゆるチートってやつっすね!」

 黒木はまたもや、相手には通じそうにないセリフを吐いた。この言葉、言語理解の魔法では、どんなふうに訳されているんだろう。

 この世界には魔法があり、ぼくらにも使えるかもしれない。そのうえ、異世界から来た人は、特殊な能力を持っているという。そんな話を聞いて、クラスメートの中には、なんだか盛り上がっているやつもいた。でも、ぼくはとても、そんな気分にはなれなかった。


 これ、やばいやつやん。


 思わずエセ関西弁をつぶやいてしまうほどに、ブラックな案件だった。

 ラノベなんかだと、召喚された人を神の使いのように大事に扱ってくれる場合もあるけど(ただし主人公だけは無能とみなされて、追放されることも多かったりする)、どうやらぼくたちは、やばい方の「勇者召喚」に巻き込まれたらしい。マッド・サイエンティストっぽいじいさんが、ぼくらの人権なんて何も考えていないような説明をするのを見ても、それは明らかだった。しかも、その人が国のお偉方で、その周りの人間も、じいさんの話を当たり前のような顔で聞いているのが、やばさに拍車をかけていた。

 ああいう話って、自分たちに罪悪感みたいなものがあったとしたら、もう少しオブラートに包むというか、ごまかそうとするよね。それもしないってことは、「召喚されたからには、自分たちの命令にに従うのは当たり前」という考え方が染みついている、ってことなんだろう。それが常識になっているから、口を滑らせた、という感覚も無いんだ。

 だいたい、「この国の平和が脅かされてる」ってなんだよ。「世界」の危機じゃなくて、国の平和の危機なの? いや、平和は大事だけどさ、そんな自分たちの国の都合だけで、ぼくたちを連れてきたんだろうか。

 そう考えてみると、「魔族」ってのも怪しいな。対立している民族を、そう呼んでるだけかも。地球で言う、異民族とか、異教徒くらいに考えた方がいいのかもしれない。


 ……とは言っても、武装したやつらに取り囲まれていては、何もできないんだけどね。


 そうこうしているうちに、目的地についたらしい。相変わらずの石造りの部屋だけど、今度は壁に小さな窓がついた、ちょっと明るめの部屋だった。この世界にも、ガラスはあるみたいだ。ただ、ここまではぜんぜん見かけなかったから、もしかしたら高級品なのかもしれない。

 入った正面にあったのは高級そうなテーブルで、そこにはこれまた高級そうな木製の台座が置かれている。台座の上には紺色のクッションがあり、そしてそのクッションの上に、直径三十センチくらいの水晶玉が鎮座していた。本物の水晶かどうかはわからないけど、なんとなく、普通のガラスとは違うように見えた。

 先頭を進んでいたエルベルトは、テーブルの向こうに回って、水晶玉の奥側の椅子にどっかりと腰を下ろした。

 エルベルトと同じような服を着たおじさんが前に出て、こう促した。

「それでは勇者様方。こちらの『具眼の宝玉』に手をかざしてください」


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