第3話

「そういえば、ケイさんの得意な魔法はありますか?魔法のスキルが必要になってくる仕事も多いそうですので」市場を歩きながら、ローレルが尋ねてくる。


「それが実は、俺は魔法が使えないんだ。というか、使い方がわからない」異世界にありがちな魔法。現代日本人の俺は当然使えない。異世界転移補正でチートな魔法を使える可能性もゼロではないが、現実にはステータスなんてないからそれを確認する手段はないのだ。


「まあ、そうなのですか?ケイさんのお国では魔法の教育は行っていないのですね。オルテンシア王国では、魔法や学問の基礎が学べる王立学校に通うことが義務付けられているので、国民も魔法を使える者が多いのですよ。ケイさんが働くとなると、魔法のスキルが必要でない仕事になりますね」


「うっ、なんかごめん」


「なぜ謝るのですか?教わっていないことができないのは当たり前です」


「それはそうだけど……。この国みんなが当たり前にできることができないってことは、やっぱここで働くの向いてないかなと思ってさ」


「そんな、魔法が必要ない仕事もたくさんあるので問題ありません。それに、『みんなが当たり前にできること』ができないのは私も同じですから……」


「それって……」俺は聞き返そうとするが、ローレルはどこか悲しそうに笑うだけだった。そのあと会話は止まった。



 しばらく歩いていると海が見えてきた。さっきからやたら磯の香りがするなと思っていたが、やはりこの街は港町であったようだ。たくさんの船がひっきりなしに行き来している。黒船よろしく蒸気をふかして動いている大きな船もあったが、あれも魔法で動いているのだろうか。


 俺たちは港から離れた海岸の岩場に座り、水平線を眺めた。潮風がやさしくほほを撫でる。


「素敵……。私、海をこの目で見たのは初めてです。もちろん、海がどういうものなのかは詳しく学んでおりますが、やはり自分の目で見ると圧倒されますね」ローレルは目を輝かせてそう言った。


「わかるよ、俺も初めて海を見たときすごく感動したなあ」海なし県に住んでいたのもあって、初めて海水浴に行った時のあの衝撃は鮮明に覚えている。


「この海は一体、どこまで続いているのでしょうか」


「うーん、どこまでっていうよりは、どこへでも続いてるんじゃないかな。実際、いろんな国の船が海を渡ってここまで来てるし」


「どこへでも……。私も、この海に飛び出せば、どこへでもいけるのでしょうか」


「まあ、何も考えずに漕ぎ出したら遭難まっしぐらだろうけど。でも、ちゃんと準備すれば、きっといろんなところに行けるよ。行った先で、今日みたいに見たことのないものがたくさん見られるはず」今日初めて異世界の街をこの目で見た俺のように。


「私も叶うなら、あなたのように様々な国を旅して、自分の目でいろいろなものを見たかった」外套から覗くローレルの顔は、今にも泣きだしそうな笑顔だった。


 なんでそんな顔するんだ。俺はやるせない気持ちになった。俺を連れ出したときは、あんなに楽しそうに笑っていたのに。


 君も旅に出ればいい、とは言えなかった。そんな無責任なことを言う権利は俺にはなかった。彼女を見てると何となくわかる。彼女には、ローレルには自由がないんだ。きっとそれには俺なんかにはわからない事情があって、いま彼女はつかの間の自由を謳歌している。それにローレルは、俺と会ってから一向に連れを探すそぶりを見せていない。おそらく、本当ははぐれたままでいたいのだろう。ここから連れ戻されたら、元の不自由な生活に戻ってしまうから。


 ああ、ダメだ。どうもローレルのことになると不必要にいろいろと考えてしまう。今日会ったばかりの他人なのに。彼女の悲しそうな表情を見ると、なぜかこちらの感情を揺さぶられる。


「お金はあるけどどこへも行けない私と、お金はないけどどこへでも行けるケイさん。私たちって正反対ですね」そう言って俺のほうを向いて笑う。ローレルの顔を間近で見ると、色白で、肌も全く荒れていなかった。おまけに街の人はほとんどしていない化粧をしていて、思わず見とれてしまうほどの美しさだ。


「大海原を見ていると、なんだか私がすごくちっぽけな存在であるかのような気がします。世界はすごく広いのに、こんな狭い国の狭い城に引きこもっていることに、意味なんてあるのでしょうか。……ごめんなさい、暗い話しちゃって」


「それは違うと思う。そりゃあ、いろんな国を自由に回るのもいいことだけどさ。君が自由を我慢してまで頑張っていることなら、それはすごく大事なことなんだよ、俺なんかには想像もつかないくらい。だから、その、自分の頑張りを意味がないなんて言わないでほしい」


 つい、早口で偉そうなことを言ってしまった。俺はおそるおそる彼女の顔を覗き込んだ。何も知らない奴にこんなことを言われて、怒ってはいないか。そんな不安とは裏腹に、彼女は口元を抑えてクスクスと笑っていた。


「もう、声が大きいし、早口で何をおっしゃっているのか聞き取りづらいですよ。でも、ありがとうございます」そう言った時の彼女の笑顔は、この世のどんな宝石よりも美しく魅力的だと思わせるほどのものだった。



 しばらくして、「ローレル様~」と名前を呼ぶ女性の声が遠くから聞こえてきた。徐々にこちらに近づいている。


「どうやら、ここで時間切れのようです」


「そっか。元気でな」


「そうだ、ケイさん。この道をずっと行った先に、ペガサス車の発着場があります。そこでこのお金を出して『ヴァネット公爵邸まで』とおっしゃってください。そこにきっと、あなたの求めているものがありますから」そう言って強引に紙幣を押し付けたローレルの顔は、不敵な笑みを浮かべていた。


「それでは、またお会いしましょう」俺の返事も待たずに、彼女は俺に手を振り遠くへと走り去った。


 ヴァネット公爵邸。名前を聞く感じ貴族のお屋敷のようだ。なぜローレルが俺にそこに来るように言ったのか。何となく理由の想像はついている。が、あれこれ考えるよりもまず行動、ということで早速向かうことにした。



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異世界使用人生活 おんせんたまご @tamagochan

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