第2話

 路地を抜けた先にあったのは、市場だった。新鮮そうな野菜や果物、魚がずらりと並べられ、値踏みをする客で賑わっている。


「ここにいるとお腹すいてくるな……」俺は起きてから何も食べていないことに今更気づいて落ち込む。


「では、何か買って食べますか?あちらに食事処がありましたし」そう言って少女は奥のほうにある洒落た看板を指さす。


「いや、いいよ。今、その、お金持ってないから……」


「では、私が払います。腹が減ってはなんとやら、と言いますから」


「そんな、いいよ。これくらい我慢できるし」さすがに、今日たまたま会ったばかりの女の子に朝飯を奢ってもらうなんてできない。今日一日くらいなら何も食べなくても耐えられる。


「ご無理なさらないでください。むしろ私のほうがあなたとゆっくりお話がしたいのです。それに私、こう見えてお金には余裕がありますので」


「……じゃあ、そこまで言うならお言葉に甘えようかな」話がしたい、と言われると断りづらい。俺はしぶしぶ承諾した。決して下心ではない。


「では行きましょう!」少女は俺の腕をつかんで走り出した。この子、初対面の男に対して無防備すぎないか?彼女の発言からどうやら金持ちのお嬢様っぽいし、今頃かなり心配されているのではなかろうか。


 異世界で豚箱行きだけは勘弁してくれ、と思いながら俺たちはカフェに入った。


 店内は落ち着いた雰囲気のカフェ、といった印象だ。現代日本だと大正時代とかにできてそうな老舗の趣があった。LED証明があるわけではないので、ランプだけで若干店内は薄暗さを感じる。


 俺たちは一番奥の机に向かい合って座った。店員が無言でメニューを置いてきた。全く知らない文字のはずなのに、メニューがスラスラ読める。言語の壁がないのは非常にありがたかった。サンドイッチのようなよくある軽食と多種多様な紅茶が書かれている。


「ここに書いてある料理、数が多すぎませんか?こんなにたくさんは食べきれません」少女は困ったように言う。


「いや、全部食べるわけじゃないから」俺は思わずツッコミを入れた。


「え、ではここに書かれた料理たちは一体何なのですか?」


「いや、だから、このお店のメニューだよ。ここから食べたいものを選んで注文するの」


「そのようなシステムのお店があるのですね」少女は心底感心したように言う。この子、もしかして……。


「もしかして、こういう店、来たことない?」


「お恥ずかしながら。しかし、いい勉強になりました。ここから食べたいものを選べばいいのですね?私はこのサンドイッチにいたします」


 どうやら彼女は相当な箱入り娘のようだ。庶民のお店を体験したことがないほどとは。もしかすると、相当身分の高いお嬢様なのでは?俺は冷や汗をかきつつも、平静を装って一番安いサンドイッチを注文した。



「先ほどはお恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ありませんでした。私、少し世間知らずなところがありまして……」少女はそういって、ナイフとフォークでサンドイッチを丁寧に切って口に入れた。俺はまたツッコミたくなったが、手を使わずに食べられるのはむしろ衛生的でいいことだと思ったので、真似することにした。


 サンドイッチは不味くはないが、如何せん味が薄い。あまりいい調味料がないのだろうか。ケチャップやマヨネーズの味が恋しくなる。


「別にいいよ。知らないことなんて誰にでもあるし。むしろ俺のほうがほんとに、何にも知らないから」異世界に迷い込んだ身としては、右も左もわからないことだらけなのだから、俺のほうがよっぽど世間知らず、いやといえる。


「そういえば、お互いまだ名前も知らない状態でしたわね。私はローレルと申します。あなたのお名前を教えていただけませんか?」


「俺は……ケイ。神崎ケイだ」


「カンザキ・ケイさんですね。ファミリーネームを先に言うということは、もしかして外国から来られた方ですか?」


「まあ、そんなとこかな」


「わざわざオルテンシア王国まで、長旅だったでしょう」どうやらここはオルテンシア王国という国にある町らしい。そして俺は旅人と勘違いされたが、むしろ都合がいいかもしれない。


「そ、そうだね……。そのせいで、さっきは旅のお金が底を尽きて本当に困ってたんだ。だからほんとにありがとう」


「お金が底を尽きた?それって大問題じゃないですか!」ローレルは驚いて声をあげた。


「うん。だから、この街で働き口を探しているんだ。でも知らない街だから右も左もわからなくて……」


「うーん、私が案内します、と言いたいところなのですが、実は私もこの街に住んでいるわけではないので。ですが、一緒に探すことならできます。ケイさんの仕事探し、私にお手伝いさせてください!」ローレルは胸を張って言う。この子、はぐれた連れを探すという当初の目的を忘れているのではなかろうか。


「そこまでしてもらうのは悪いよ。それに君も人とはぐれているんだろ?」


「そうでした……では、私はケイさんのお仕事を探しますので、ケイさんは私の連れを探してくださいませ」


「まあ、それなら……」


「決まりですね!では早速街を回りましょう!」


 本当に大丈夫だろうか。俺は不安をかかえながらも、彼女とともに街を回ることにした。


 

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