異世界使用人生活

おんせんたまご

第1話

 起きたら森の中にいた。


 葉っぱに覆われた空が、俺の頭上に広がっている。俺は慌てて体を起こして周りを見渡した。鬱蒼とした森だった。日光があまり入ってこない薄暗い森。


 また変な夢でも見てるのか、そう思ったが、すぐにそれは脳内で否定された。夢の中で「これは夢だ」なんてはっきりと認識できるはずがない。つまりこれは、夢であった欲しかった現実だ。


 一旦深呼吸をして、なぜ俺はこんなところにいるのか考える。まず昨日、俺は大学の夏休みで暇だったので一日中家でダラダラしてた。そして、ベッドに入ってからもしばらく異世界小説を読んでて、そのまま寝落ちした、はずだ。改めて考えるとほんと自堕落な生活だが、今そんなことはどうでもいい。ではなぜ、家のベッドで寝ていたはずの俺がこんな森の中にいるのか。まさか、誰かに寝ているところを連れ去られたとか?


 嫌な想像ばかりしていても仕方ない。とにかく今は家に帰らないと。俺はひとまず森を出ることにした。


 俺はとにかく前に進んだ。行く当てはなかったが、とにかく動いて外に出れば連絡が取れるはず。そうして足を踏み出した瞬間、俺はとんでもないことに気づいた。服が変わっている。もっと早く気付くべきだったが、衝撃的な出来事の連続で気づくのが遅れた。


 しかし、この衣装は一体何なんだ。まるで昨日見てた異世界アニメに出てくるモブみたいな――いや、そんなことは今はどうでもいい。この森を歩かなければならないので、ブーツを履いていてよかったとつくづく思う。


 少し歩くと、森の出口が見えてきた。どうやらそこまで広い森ではなかったようだ。森を出ると、俺の目に映ったのはさらに衝撃的な光景だった。


 そこに広がっていたのは、中世ヨーロッパのような街だった。近くまで行ってみると、そこにはレンガで作られた建物が立ち並び、道沿いにはガス灯がたっている。俺はこの時点で嫌な想像はしていた。だがそんな非現実的なことが起こるはずがない、と必死でそれを否定していた。だが、それももう認めるしかないかもしれない、と、俺は目の前で起こっている「現実」を見て思った。


 広場に大勢の人だかりができていた。そこで行われていたのは人形劇だった。ドレスを着たかわいらしい人形が、ひとりでにくるくると踊っていた――そう、その人形には動かすための仕掛けは一切ついていなかったのである。


 まるで魔法のようにひとりでに動く人形。中世ヨーロッパのような街。どうやら俺は、今流行りの異世界に来てしまったようだ。




 俺は頭を抱えた。冷静に考えると、これは人生最大のピンチだ。まだ見知らぬ国のどこかだったら、家に帰る手段もあった。しかし、異世界となるとそうはいかない。なら異世界人として生きていくかとなると、それも難しい。小説や漫画では、ここからチート能力で無双するのがお決まりの展開だが、普通は魔法の使い方なんて全くわからない。何か仕事をしようにも、どこの誰かもわからない奴を雇ってくれるまともな雇用主なんてどのくらいいるだろう。そう、よく考えたら、知らない世界から来た俺のような一般人なんて、その辺でのたれ死ぬしかできないのだ。


 俺は路地裏に入って、呆然と空を見上げた。これからどう生きていこうか。お先真っ暗なのに、思ったより冷静でいられていることに内心驚いている。ここで絶望していても仕方ないし、まず街を回ってみることにする。


 町の人々が、今日はこれが売れ筋だ、それの仕入れが足りない、みたいな商売話を盛んにしているのが聞こえてきた。この街の商売はかなり盛り上がっているようだ。最も、無一文の俺には関係ない話なのだが。



 俺は奥のほうにあったレガ造りの階段を上った。じっとしていても事態は好転しない。階段を上ると、そこには小さな広場があった。そこに、きょろきょろと道に迷ったかのように辺りを見回している少女がいた。


「あの」


 話しかけようかと迷っていると、逆に少女のほうが俺に話しかけてきた。黒い外套を身にまとっており、顔はよく見えなかったが、 


「何か、お困りですか」


 鳥の囀りのような儚さの中に、芯の通った強さも兼ね備えている少女の声に、俺は一瞬で虜になってしまった。


「え、えと、実はすごく困ってて……」さすがに無一文で知らない土地に飛ばされて

お先真っ暗、とは言えない。


「本当ですか?実は私もすごく困っているのです。連れの者と別れてしまって」


 迷子か。確かにこの街は道が狭くて入り組んでるし、迷いやすくはあるかもしれないが。彼女もこの街の住民ではないのだろうか。


「一人だと不安なので、困っている者同士、しばらく一緒に行動しませんか?」そう言って上目遣いで俺を覗き込む彼女の目は、外套のフードの下からでも輝いて見えた。俺は「うん」と即答しそうになるが、すんでのところで踏みとどまった。


 いや、ダメだろ普通!俺は19、彼女は見たところ15、6歳だ。さすがに見知らぬ未成年と勝手に一緒に行動するのはやばい。はぐれた相手が親ならなおさら。ただ、彼女を一人にしておくのが不安なのも確かだ。ああ、俺はどうすれば……。


「ほら、早く来ないと置いてっちゃいまっすよ」


 悩む俺をよそに、少女は階段の下からいたずらっぽく俺を呼んだ。どうやら拒否権はないらしい。


「わかった、ただ、君の連れを見つけるまでだよ」俺はしぶしぶ階段を下りた。


 

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