第3話

「ん? アップデートのお知らせ?」


 つい先ほどまで行っていた『神々の遊び』のアップデートについてだった。


「このゲームのアップデートは珍しいな」と思いながら、詳細を見ようと通知をタップする。


 しかし、よくあるアップデートの知らせとは少し違っていた。




『神々の遊び』アップデートのお知らせ。日頃より『神々の遊び』をご利用いただきありがとうございます。お陰様でアプリ利用者数は百億人を突破いたしました。』




「百億人? 総人口の八割じゃないか。すごいゲームになっていたんだな……」


 陽一は無意識のうちに思わず口に出していた。




『日頃の感謝を込め、明日の0時より新機能を実施いたします。新機能の詳細につきましては、アップデート後にログインしたプレイヤーの皆さまにのみ、お伝えさせていただきます。尚、ログイン後は現在の守護神の利用は出来なくなり、新たな守護神を作成することとなります。その守護神は一体たりとも他と被ることはありません。あなただけの守護神で、ゲームクリアを目指してください』




 お知らせと呼ぶにはあまりにも情報量が少なかった。


 この短いお知らせとは別のページにもっと細かな情報があるのではないかと上下にスクロールを繰り返したが、これ以外の情報を見つけることは出来なかった。


「こ、これだけ? 大した情報じゃなかったな」


 スマートフォンの画面にそう呟くと、陽一はスマートフォンを片手にパソコンを起動し、『失神ゲーム』の掲示板を確認しにいく。


 しかし掲示板の中にもこれといった情報はなく、憶測だけが飛び交う状態だった。


 陽一がため息を吐き終えるタイミングに合わせるように、スマートフォンは再び自分の存在を主張するように震え出す。



 陽一はスマートフォンを机に置き、通話とスピーカーボタンを慣れた手つきで押した。



「はいはい?」

「あ、お兄ちゃん? 『失神ゲーム』のアップデート情報、もう見た?」


 電話の相手は妹のしおりからだった。


 元々は陽一がこのゲームを栞に勧めたことがきっかけだったのだが、すっかりはまってしまったようで、最近来る栞からの連絡はほとんどがこのゲームに関することだった。


 ちなみに栞は両親にもこのゲームを勧め、今では家族四人全員でこのゲームにどっぷり浸かってしまっている。


「見たよ。見たけど、んーって感じかな。全然情報が載ってなかったし」

「そうだよねー。私も掲示板見に行ったけど、そっちも全然」


 兄妹揃ってやることは同じか、と陽一は思った。


「それで? 栞はあと三時間待って、スタートダッシュでも切るつもりなのか?」

「当然でしょ。その為にもしかしたらお兄ちゃんが情報ゲットしてるかもって思って電話したんだから」


「お役に立てなくてすみませんね」


 陽一は頭を掻きながら呟くように言った。


「期待はしてなかったから大丈夫。じゃ、それだけだからお休みなさーい」


 そう言って、電話は一方的に切断された。


「あ、おい! ……ったく相変わらず勝手なやつ。期待してないってなんだよ」


 嵐のように駆け抜けた時間を思いながら、陽一は暫く無言のまま切れた画面を見つめていた。


「あと三時間後か……。明日も早いし、俺は仕事が終わってからログインするか。ネタバレになるからネットの情報は見ないようにしておこっと。栞の連絡も無視だ」


 陽一はスマートフォンをベッドの上に投げるように置くと、そそくさとシャワーを浴びに行き、その後すぐに眠りについた。



 翌日は朝からずっとアップデートのことが頭の中をチラついていたが、仕事に集中することでアップデートのことを忘れることができ、いつも以上に仕事が捗った。


 午後六時になると、陽一にしては珍しく定時とともに仕事を切り上げ、慌ただしく会社を後にした。


 今自分の表情は緩んでいるのだろう。


 そう感じた陽一は浮かれた気持ちのままショーウインドウに映る自分の顔を確認しようと視線を移した。


 そこにはやはり気の抜けた表情が映し出されていたのだが、合わせてショーウインドウの左上に大型ビジョンに映し出されたニュースのテロップも反射していた。


 内容が気になった陽一は振り返り、大型ビジョンを見つめた。




『速報 世界各地で原因不明の気絶者相次ぐ 共通点は画面の映らないスマートフォン』




 そのテロップの内容について、昨日とは別の女性キャスターがやや早口になりながら情報を伝えていた。


 どうやら気絶者は皆、画面の黒くなったスマートフォンを手にしたまま気を失っているらしく、中には既に死亡が確認された者もいたということだった。


 陽一は直感的に「あのアプリのせいか?」と感じた。


 暫く足を止めて聞き入る程気になるニュースではあったが、「まさかアプリのせいで人が死ぬなんてことはないだろう」と思い直し、情報収集もそこそこに再び自宅に向かって歩み始めた。



「今日は一日長かったー」



 玄関のドアを開けると同時にそう言うと、着替えもそのままに、陽一はベッドに横たわりアプリを起動した。


 すぐにログイン画面へと切り替わり指定の項目を入力、次に進むボタンを押してはこの作業を繰り返し、流れるようにどんどん進めていった。


 そしていよいよ自分の守護神を創り出す画面へと切り替わった時、不意に画面に注意書きが表示された。




『これからあなただけの守護神が画面に現れます。守護神の作成方法は目を閉じ、生体認証を二十秒程度行うだけです。その間、強く想像し、念じてください。あなたの守護神の姿を』




 表示されるがままに、陽一は目を閉じ、生体認証を行いながら守護神の姿を想像した。


 ふんわりとした容姿が頭の中で少しずつ形になっていく。


 体感で一分近くが過ぎた頃、陽一はゆっくりと目を開ける。

 スマートフォンの画面には、一体の守護神が映し出されていた。


「うわ……、本当に念じた通りの姿が出て来た」



 上長聡太。



 陽一が想像した守護神は、数百年前に亡くなった上長聡太の姿だった。


 上長はじっと陽一のことを見つめている。



「変なモンスターを想像するより、こっちの方がずっと心強いな」



 陽一は笑みを浮かべた。

 すると、画面の中の上長も不敵な笑みを浮かべるのだった。

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