第2話

 世界中で若者が政権を握るようになってから早数百年。


 当初は大きな批判や戸惑いの声が多く挙がっていたが、世の中は思いのほか上手く回っている。


 若者の影響力が大きくなった背景には、世界人口の増加があった。


 高齢化社会という言葉が流行った時期もあったが、人口の増加に伴い再び総人口に占める高齢者の割合は大幅に減少し、今ではその言葉を聞く機会もほとんどない。


 そこに目を向けたとある若い政治家の発言で、国の政権は変わった。



「若者が高齢者の人生を金で買う」



 国会で上長聡太かみながそうたはそう言ったのだ。


 当然、怒号どごうのようなヤジがひっきりなしに宙を飛び交った。


 しかし、彼の発言はあながち的外れのモノではなかった。


 各メディアはこぞって『人生を金で買う』という文言を大々的に取り上げたが、この主張は『新年金制度』の提案に基づくものであった。



 簡単に言えば、若者の収める年金を自分の為でなく、高齢者に分配するというものである。



 ただでさえこれから増加の一途を辿るといわれる若い世代。

 総人口の割合から考えれば、この時点で単純にかなりの額を高齢者は手に出来ることになるわけだが、上長はこれだけではなく、その若い世代が収める年金を含む各種保険料の額を増やすことで、老後の生活をより潤沢なモノにすると力説した。


 散財することがなければ一生暮らしに困ることもなくなり、病気やケガの際の保証も手厚く、更に条件を満たした低所得者には住む家も提供するときていた。


 つまり、動けなくなる高齢者の代わりに、若い世代が一生懸命に働き、高齢者の生活を守っていきますというのが上長の主張だった。



 ここだけを見れば、当然若者からの批判も出て来るところだが、上長の主張はこれだけでは終わらず、「その代わりに」と言葉を続けた。



「五十五歳からを『高齢者』とし、ここにいる国会議員を含め、全ての労働者は満五十五歳を持って、第一線から退いていただきたい」と。



 それが上長の目的でもあった。


 高齢者の総人口に対する割合は今や十パーセント未満、一方で二十歳から五十五歳までは六十パーセントに迫る数値となっており、その少数の声で若者が振り回されるより、若者が率先して企業や国の舵を切って行こうというものである。


 今度は五十五歳以上の世代から反対の声が挙がったが、『引退』ではなく『あくまで第一線から退く』という言葉を巧みに用いることで、上長はこの無謀とも言える議題を合意にこぎつけ、文字通り、半ば強制的な世代交代を実現させたのであった。




 それから時は過ぎ、この国のみならず、世界各国で『新年金制度』及び世代交代は更なる加速を見せ、今や企業、国会など至るところで二十代、三十代が世界を回していた。







「快進撃もここまでかー」


 野中陽一のなかよういちは両腕を上げ、身体を伸ばしながら天井に向かって言葉を吐く。

 机に投げ捨てられたスマートフォンには、『LOSE』の文字が表示されていた。


 陽一は丸まった背中を伸ばすと、関節の骨を鳴らしていく。

 時刻は午後九時を回っており、ちょっとのつもりだったゲーム時間は優に三時間を超えていた。


「もうこんな時間か……。失神ゲームって本当恐ろしいよな。ゲーマーの血が騒いでしょうがない」


 そう言いながら気分転換をしようと、数ヶ月振りにテレビの電源を入れた。

 カメラに向かって、硬い表情をした若い女性キャスターが原稿を読み上げている。




『――次のニュースです。国連経済社会局人口部が本日未明、世界人口推計を発表し、世界の人口がついに百二十五億人となったことを発表いたしました。以前から当番組でもお伝えしているように、この影響は様々な分野で我々の生活に影響を与える見込みです。これを受け政府は急速化する環境汚染の対策として世界初となる『出生許可書しゅっせいきょかしょ』を作成し、許可がなければ子どもの出産を認めない方針を固めました――』




「えー、何だそれ。結局、環境汚染は人が増えすぎたからって結論付けたってことかよ。どうも最近は『世界初』とか『世界に先駆けて』とかっていう言葉をつけたくて色々とやりすぎてる気がするんだよな……。『海中バス旅行』だって悲惨なものだったし。さすがに今回の対策は『新年金制度』の根底も覆るかもしれないって思わなかったのかなぁ」


 政治家気取りの独り言を、テレビに向かって口にする。



「今のこの状況を上長聡太が聞いたら何て言うんだろうな」



 テレビからの情報が右から左へと独り歩きしている間、陽一は暫くぼんやりと考えていた。そしてようやく口を出た言葉は「取り敢えず俺は無事に生まれてこれて良かったってことね」という考えた時間に見合わない程に浅い言葉だった。


 姿見に視線を移すと、それでも満足げな顔をした自分がいることに気が付き、陽一は表情を元に戻し、再びスマートフォンを手に取った。



 スマートフォンには一件の新しい通知が届いていた。

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