第4話
「え、守護神も笑った?」
「そりゃあそうだろう。お前の守護神なんだから」
上長が陽一に話し掛ける。
これがゲームの中の話だとは信じられず、陽一は無言のまま首を左右に振った。
「音声認識アプリか何かか……? もしかして、これがアップデートの新機能?」
画面に薄く反射する陽一の顔は眉間に
「おいおい陽一、そんな顔するなよ。それに、アップデートの内容はこれだけじゃないぜ?」
「嘘だろ……、音声認識じゃない。本当に上長と会話してる」
「よろしく頼むぜ、相棒。ってことで、まずは守護神である俺からアップデートの内容を説明させてもらう」
そう言って上長は陽一を見つめたまま、少しだけ口角を上げた。
「すっげー。こりゃ楽しくなりそうだ。それで? アップデートの内容って何なの?」
「簡単に言うとだな、ここに表示された時間内に指定された数の守護神を倒す。それだけだ」
上長は自身の右下を人差し指で指した。
そこには三時間を切ったタイマーと、隣に「1」と表示がされている。
「つまり、あと三時間以内に一体の守護神を倒せと?」
「そう言うことだ。と言っても、お前はここで見ているだけでいい。行きたいエリアを実際の地形とリンクしているこのマップからピン留めして、そのエリアの中でこのアプリをやっている者の守護神を俺が倒す。もしそのエリアにアプリ利用者がいなければ場所を選び直す。それの繰り返しだ」
「簡単だろ?」とでも言いたげな表情をする上長を前に、陽一は「なるほど」と首を縦に振る。
「ちなみに、戦闘シーンは見られるの? あと、そのエリアにアプリ利用者がいるかどうかはすぐわかる?」
「見たけりゃ見てても良いが……、守護神同士の戦闘って結構グロテスクなもんでな。あんまりオススメはしない。それとアプリ利用者についてだが、そもそもマップを選ぶ時に今ログインしているユーザーの位置が表示されるようになっている。だから人がいないから場所を移動するというより、全て倒したら移動するって感じだな」
思いのほかシンプルな内容だったが、今の時代は逆にこういったシンプルな内容の方が逸るのかもしれないな、と陽一は胸の内で思っていた。
「ゲームのルールは以上だが、アップデートのメインはここからだ」
上長は先程までとは違い、真剣な顔つきに変わる。
陽一は静かに唾を飲み込み、上長の言葉を待った。
「お前ら人間には、ここを懸けて望んでもらう」
そう言って上長は自分の左胸付近を拳で数回叩いた。
「ちょっと待て……。もしかして、負けると死ぬって言いたいのか?」
陽一の質問に答えることなく、上長は次の言葉を口にする。
「このゲームはな、一日最低一時間以上のログインと一回以上の戦闘が必要だ。戦闘で負けても、ログインのルールを破ってゲームオーバーになる」
「……つまり、もう死ぬまでこのゲームから抜け出す方法はないってことかよ」
陽一は睨みつけるように上長を見た。
「いや違う。勝てばいいんだ、最後まで。お前もこのゲームの噂を聞いたことくらいあるだろう?」
そう言われ、思い出したかのようにあの言葉を口にする。
「クリアした者の願いが一つ叶う……?」
上長は「それしかない」と笑みを浮かべながら頷いた。
「もしかして、さっきニュースでやっていた『気絶者が相次ぐ』って言うのは……」
「十中八九、このゲームのユーザーだろうな」
血液の流れる音が、耳の中で反響する。
感情のない上長の言葉に、陽一は血の気が引いていくのがわかった。
「ちょ、ちょっと待てって……、何で俺がこんなことに巻き込まれなくちゃならないんだよ」
陽一は何とか言葉を吐き出したが、上長は容易く受け流すように言った。
「お前ら若者が後先考えずに欲にまみれたからだろ。権力を持った途端、ポンポンポンポンと子作りしやがって……。お陰で生態系はめちゃくちゃだ。環境破壊がなくてもいずれ滅びるだろう。せっかく俺がお前ら若い世代への世間交代を促してやったっていうのに、結局これで高齢者と若者、どっちが政権を担ったところでこの世界の存続を図る上では大差ないってことが証明された。だから俺ら地球に来た守護神たちも上から不要の烙印を押されちまったんだよ」
お手上げ状態といった具合に、上長は両方の手のひらを天に向けた。
その言葉を聞き、陽一の頭に一つの疑問が生まれた。
「俺ら地球に来た守護神たち? じゃあ上長聡太は元々……」
全ての言葉を待つことなく、上長は口を開く。
「今更そんなことはどうだって良いんだ。とにかく、上の判断は勝ち残ったものは生かす、それ以外は処分する。そういうことだ」
投げやりとも感じられる程に、上長は冷たく言い放った。
あまりの冷たさに、陽一は絶望という感情を抱くことすら抱けずにいた。
そして吐息のように言葉が漏れた。
「人の命をゲームで決めるって……」
「今の政権を担っているのが若者だから、上の連中は敢えてお前らの好きそうなゲームを用いて世界をリセットしようとしているのかもな」
上長は他人事のように想いを言葉に変えていく。
「残念だがな、これが『神々の遊び』ってことなんだ」
どれだけ上長を睨みつけても、上長が表情を崩すことはなかった。
お互いに沈黙を貫いたまま、時間だけが過ぎていく。
暫く魂の抜けたような時間を過ごした陽一だったが、時間が経つにつれ次第に落ち着きを取り戻し、「所詮ゲームの臨場感を出すための演出で人が死ぬはずはない、ただのハッタリだ」と思うようになると、今まで熱くなっていた自分が馬鹿らしく思えて、壊れたように笑いが込み上げてきた。
「ふふ……、わかったよ。要は勝ち残れば良いんだろ? 早速プレイしようじゃないか。頼んだぜ、相棒」
そう言って陽一は上長に言われた通りマップを表示し、行先を選んでいった。
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