I'm always here.

青いひつじ

第1話


もう何度、この夢を見たのだろう。

青々と緑が広がり、それらを風が揺らしている。

私は中身がパンパンに詰まったリュックを背負い、息を切らしながらどこまでも続く草原を歩いて行く。

夢の終わりにはいつも、汗を流した私がしゃがみ込み、その前に1人の女性が現れる。



今夜もその夢を見ている。

これまでと違ったことは、女性が私に何か話しかけていることだ。

太陽が反射して顔は見えなかった。

しゃがみ込む私に差し出された彼女の手のひらには、輝く宝石の数々があった。



「これをあなたに。これは永遠の輝きをもつ宝石です」



「いえ結構。私はそんなに長く生きるつもりはないのでね」



そう告げた私に、彼女は少し寂しそうな顔をした気がした。

しかし、そんな彼女を横目に私はまた歩き出した。

ずんずんと草原を進んでいく。



「お待ちください」



振り返ると、彼女が息を切らして走ってくるのが見えた。

私を追いかけて来ていたようだ。



「なんだ」



「こちらはいかがでしょう。

これはとても丈夫な包丁です。スイカでもカボチャでもお肉でも何でも切ることができます。これ一本あれば一生困ることはありません」



「私には必要ない。先ほども伝えたが、長く生きるつもりはない」



「あなたは、そうやっていつも....」



「え?」



「あなたは一体、何をそんなにたくさん抱え込んでいるのですか」



言われてみれば、私はこのリュックの中を見たことがなかった。

ただ、なぜかずっと持っていないといけない気がしていた。

降ろすと、ドスンっと音がした。

たしかに、こんなにたくさん何が詰まっているのだろう。



逆さまにし強く振ると、出てきた中身に驚いた。

大きなリュックの中には、髪留め、そして紺色に花柄袖が美しい着物と赤い帯が入っていた。



「着物....髪留め....これは」




これは、妻が着ていた着物だ。



私の朝は、トントントンと包丁の軽やかな音と湯気の匂いで始まった。

朝食には必ず、鰹節から出汁をとった味噌汁、少し甘い卵焼きと大根の漬け物が並んだ。

そして眠たい目を擦り体を起こせば、大雑把に髪を束ね着物を着た、君の後ろ姿が見えた。



それがなににも変えられない幸せだったと気づいたのは、台所に立つ君がいなくなってからだった。




「まったく、あなたは」



顔を上げると目の前の女性は、少し呆れているようだった。



「こんなに荷物を持っていては、これから出会う素敵なものが持てないですよ」



「君は」



「少し遠いところで、私は元気にしています」



そう言うと、彼女は自分の手を私の胸に当てた。



「そして、私はいつもここにいます。こんなものがなくったって」



彼女は追ってきた道を帰って行ってしまった。




「待って」



掴もうと手を伸ばしたところで目が覚めた。

枕が少し冷たかった。



私は、寝室に飾っていた着物を大切に、強く抱きしめた。

そして不器用ながら丁寧にそれを畳み、箱に入れ押し入れにしまった。

帰って来れば、日が暮れるまでずっと着物を眺め涙を流す生活と別れを告げた。


そういえば、ここ最近まともな食事をとっていなかった。



「私も台所に立ってみようかな」



君がいつも私にそうしてくれたように。











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