第5話
「おい、鈴春。飯だ」
ノックもなしに乙女のお部屋に勝手に入ってきた男を睨みつけながら、わたしは無作法者に口を開く。
「………………妖魔に食事は、」
「必要なくても摂っておけ。ここではそれが普通だ」
「………………」
『なんともまあ取り付く島もないようで』と言いかけながら、わたしは深くため息をつきました。
「美味しくなかったら2度と食べません。それでもいいのでしたら、いただきましょう」
わたしはそう言ってから彼の後に続いて部屋を出る。
もちろん食堂の場所なんて分かりませんから、歩きつく先は完全に男任せです。
「………袴は問題なさそうか?」
「えぇ。素敵な袴をありがとうございます」
「あぁ」
この袴、憎たらしいほどに本当にいいものです。
生地は絹の一級品で触り心地着心地ともに満点ですし、色とりどりの花や鞠が可愛らしく描かれた大柄の薄桃色の振袖も、深緑の生地に淡い色彩で桜が刺繍されている袴も、愛らしくてわたしの好みを熟知しているのかというほどに、好みの中央ドストライクなのです。
「髪、できなかったのか?」
そんなことを頭で考えていたら、男は淡々とした口調でわたしに尋ねてきました。
「ご生憎様、自分で身支度という経験をあまりしたことがございませんので」
にっこりと笑ってやると、男はなんだか苦虫を噛み潰したような顔をした。
それ以降、彼は何も返さずに淡々と歩いた。
そして、ぱっと視界が明るくなったと感じたら、食堂につきました。食堂はとても日当たりがいいところにあるらしく、お日さまがぽかぽかしています。
わたしは家長である男に許可をとることなく、どかっと席に腰掛けました。男は何か言いたげにわたしを見やった後、溜め息をついてからわたしの方に手を伸ばします。
「………………簪を貸せ。妹がいたから、簡単になら結える」
女の命である髪を人間の男に預けるなど自殺行為でしかないし、正直に言って触らせたくありまん。ですが、今はもうするしかないのでしょう。わたしがぐしゃぐしゃに乾かしてしまったせいで、髪は絡んで傷んでしまっているのですから。
部屋に置かれていた簪を男に手渡して、わたしはそのままじっと動かないようにします。
部屋に置かれていて今は男の手にある簪は、美しい花形の宝石がいくつも咲き誇っている銀細工もの。右の角にかかっている銀の紐状のたくさんの宝石がついた細工ともよく合うデザインで、不本意ながら、これもわたし好みの品です。
「………できた。鏡はいるか?」
わたしは無言で首を横に振ります。
「角を失った自分の姿など見たくもありません」
「そうか………」
たったそれだけを言った彼はわたしの対面の椅子へと腰掛けます。
「それじゃあ食べようか」
「はい」
彼の動きに合わせて箸を手に取り、ごくごく一般的な食事へと箸を伸ばした。
里芋の煮っ転がしに金平牛蒡、鯛の炊き込みご飯に麦味噌の味噌汁。控えめに言ってどれも美味しく、そして優しい味付けがとても食べやすい代物でした。
「気に入ったか?」
「………………」
ここで嘘を言えば、わたしは人間の食事など食べなくても済む。
でも、それはわたしのちっぽけなプライドが許さなくて、わたしは嘘がつけません。
「お、………美味しい、です」
「じゃあこれから毎日ちゃんと食事の席につけ」
「………気が向くようでしたら」
「あぁ」
ほんの少しだけ、男のくちびるが嬉しそうにもにょもにょと動きました。
それがなんだか不思議な感じで、わたしは食事を終えて部屋に戻った後も首を傾げることになりました。
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