第6話

▫︎◇▫︎


 このお屋敷にやってきてから1週間という短くも長い時が経ちました。

 初めの頃は困惑続きだったお屋敷での生活も、だいぶ慣れてきて、今は自由気ままにお庭をお散歩しています。


「おい!勝手に外に出るなとあれほどっ!!」


 もちろん、男からの許可など取っておりません。


「あぁ、そういえばそうでしたね。今戻ります」


 頭2つ分ほど大きな男を見上げながら、わたしは頷き、部屋へと戻る。

 この1週間、特に何もありませんでした。強いて言うなれば、このお屋敷には使用人が誰1人見えないこと、男が毎日わたしの髪を結ってくれること、わたしの袴が少なくとも7着以上用意されていることなど不思議なことは起こっているが、本当に事件が何も起こらないのです。

 わたしは数日あれば殺されてあの世行きだと思っていただけに、正直今生きていることに驚いています。


「では、わたしはお部屋に」

「………大人しくしていろよ?」

「はいはい」


 端正な顔立ちの大男なのにも関わらず、なんだかんだと小さなことに口煩いこの男は、キャンキャンと仔犬のように口を開けば嫌味ばかりの乳母を思い出させます。

 男に部屋まで連行されたわたしは、大人しくお部屋の中にある椅子にちょこんと座って、男が部屋から出るのを見送った。


「で?これで、これ如きのことで、わたしが満足するとでも?」


 ふわっとくちびるを歪めて微笑んだわたしは、ひっそりと音を立てないように扉を開けて男の気配を辿りながら男がいるであろう場所へと向かう。

 るんるんと鼻歌を歌いたいほどにご機嫌はいいですし、男の後を追いかければこの先にわたしが人質を解放される何かが隠されているかもしれないと思えば、楽しくてたまりません。


 ーーーこん、こん、こん、


 包丁で何かを切る音が聞こえる。

 今の時間はうまの刻の1時間前、つまり昼餉の1時間前のお時間です。多分、まだ見ぬ使用人さんが昼餉を作ってくださっているのでしょう。わたし好みの味付けをしてくださっている使用人さんにご挨拶をしなければというよく分からない使命感に駆られたわたしは、男を追いかけるのをやめて、調理場へと向かいます。


「………もう少し小さく刻んだ方が鈴春は食いやすいか?いやでも、これ以上切るとしっかりと噛むという行為に繋がらない………。そういえば、あいつは甘薯かんしょの味噌汁が気に入っていたな。この芋は天ぷらではなく味噌汁に入れよう。そのかわり、かぼちゃを薄く切ってーーー、………」


 調理場のすぐ後ろの壁に立ったわたしは、ものすごく悩みながら声を上げて料理をする使用人さんの声に、おっかなびっくり目を見開いて、口に手を当てて固まってしまいました。

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