第2話

 人間は弱く脆く儚い生き物です。

 ちょっとした反応で、ちょっとした怪我で、ちょっとした天災で、死んでしまいます。

 だからでしょう。

 現世に迷い込んでしまった妖魔が少女がちょっと絡んだだけで、1人の男性が亡くなってしまった。

 それが平民同士のいざこざであったのならば、お互いに不可侵条約を守り、何事もなかったかのように、その1人の男性の死を騒ぎ立てることもなかったでしょう。


 でも、そうはならなかった。

 死んだ人間が現世にある貴族階級、華族のトップのお家の次男坊だったから。放蕩息子と有名なその男性は、多分妖魔の少女に手を出そうとしたのでしょう。そのことにあまりにも驚いてしまった少女は、咄嗟に相手の胸を強く押して拒絶して突き飛ばして、打ち所の悪かった男性は呆気なく死んでしまった。


 悲しい悲劇です。

 でも、そもそもは人間の男性が無体を働かなければ済んだ話なのですから、自業自得な気もしますが。


 まあ、そんなことを言っても現実は甘くありませんし、現に隠世は人間から戦争を仕掛けられ、平和に、穏便に事を済ませようとしていた妖魔たちが惨殺されています。


 ぎゅっと力を入れると、爪にぎゅっと砂が詰め込まれる感覚がした。

 ごしごしと垂れ目がちな氷色の瞳を擦って、わたしは琥珀色の鹿さんみたいな形の角を木に引っ掛けないように気をつけて動きます。でも今度は香色の真っ直ぐな髪がぐじゅぐじゃと枝葉に引っかかって、動けなくなってしまいました。


「ひっく、ひっく、」


 どうしてわたしの家族が殺されなければならないのでしょうか。


「おぉ?もう鬼ごっこは終了か?ははっ!!こりゃ上玉だ!!隊長!これ俺が自由にしていいんですよね?」

「あぁ。好きにしろ」

「へへっ、」


 卑下た男がにやにやと笑いながらわたしに近づいてくる。

 仲間の、家族の血で濡れた手は、迷いなくわたしの頭へと向けられます。

 ぎゅっと掴まれるのは妖魔にとって最も重要な器官と言っても過言ではない角。琥珀のように光を吸収してきらきらと輝く角の色彩や形は妖魔によってそれぞれですが、そのどれもが、妖魔にとっては失うことと死ぬことが同義であるくらいに大事なのです。


 その角が、卑しい賤しい人間に、人間如きに掴まれている。

 それなのに、相手を手にかけることが怖くて、嫌で、わたしの手はみっともなく震えて、わたしは弱々しい声を上げながら首を振ることしかできません。


「いやっ、やめてっ、いや、いやぁ、ぅうあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」


 ぎゅっと身体中から力が抜けるみたいな感覚がして、わたしの視界は黒くなった。微睡みみたいなのにずっとずっと苦しくて、それなのにどこか暖かくて、わたしの身体は安堵に包まれていました。

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