この婚姻はどこからどこまでが『まやかし』でどこからどこまでが『ほんもの』なのですか?

水鳥楓椛

第1話

▫︎◇▫︎


「はぁ、はぁっ、っ、」


 わたしの鼻腔を擽るのが大事な人の燃え盛る匂いだと気づいた時は、全てがもう手遅れでした。

 わたしはただただ屋敷から逃げるようにむしゃくしゃになって足を動かす。

 胸上で紐で固定した裳が捲れるのも気にせず、火の海になってしまったお屋敷から逃げるように、石が食い込んで血に塗れた足を前へ前へと動かす。


「きゃっ、」


 木の枝に足を引っ掛けてすってんころりんわたしの身体は地面に叩きつけられます。鮮やかな青色の裳の膝部分にじんわりと血が滲む。


 ーーーいたい。


 ガサガサと木々の擦れる音がして、わたしの後ろから刀を握った男たちが追いかけてきます。無我夢中になって森の中に入ってしまいましたが、ここはわたしの知らない場所。どう逃げるべきかも、どう動くべきなのかも分かりません。それどころか、侍女などのお供をつけずに行動するという行為そのものがわたしにとってはあまり経験のないことです。


「おとう、さま。ーーおかあ、さま。………おにい、さま」


 目からぼろぼろと溢れる涙をお袖で拭きながら、わたしはただただ前へ前へと足を動かす。

 多分、わたしはわざと逃がされています。

 いくら足場が悪く集団行動をしているとは言っても、大人の人、しかも男の人がわたしに追いつけないわけがない。


「あうっ、」


 立ちあがろうとしたら、がさっと音がしてわたしの身体は地面へと叩き込まれた。多分、角が木に引っかかってしまったのでしょう。


 わたしの名前はそう鈴春りんしゅん

 隠世かくりよの国の第1皇女です。


 隠世のとは、現世の反対の世界を指し、そこには妖魔と呼ばれるものたちが暮らしています。隠世と現世は硬貨の表と裏のように表裏一体となっていて、隠世と現世の教会が曖昧になっている近年は、人間たちがこちらの世界に入ってきたり、妖魔たちが向こうの世界に迷い込んでしまったりということが繰り返されていました。


 でも、そこで、それによって、世界には悲劇がもたらされた。

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