第35話 愛してる
「もうどこにもいかないで……。離れずわたしのそばにいてよ……」
もえきゅん☆の袖をそっと掴む。
もえきゅん☆のいない人生なんて生きていないのと同じだよ……。もう片時も離れたくない……。
「淋しい思いをさせてごめんね。もうこの手は離さないから。どこへ行くにもずっと一緒なんだぞ♡」
もえきゅん☆はそう言うと、わたしの手を取り、その細い指を絡ませてきた。
この微笑み。
もえきゅん☆がそばにいてくれるなら、他に何もいらない……。
わたしは空いているほうの手をもえきゅん☆の腰に回し、体を引き寄せる。
「麻衣華は大きくなっても甘えん坊さんね♡」
もえきゅん☆が苦笑しながら、おでことおでこをくっつけ擦りつけてきた。
もえきゅん☆がわたしのすべてなの。
この5年間で、それを思い知らされたの。
Aランク冒険者になって、日本のダンジョンをすべて踏破して、それから世界進出もして、どこの冒険者協会からも指名依頼をもらうようになって……それでも何も満たされなかった。
もえきゅん☆がそばにいてくれた5年前。あの時が一番満たされてた。
2人でダンジョン配信を始めて、もえきゅん☆にもらった鳳凰の双剣でいっぱいいいっぱい戦ったね。わーわー言いながらエルダーリッチを倒したり、結局スキル玉は手に入らなかったけどオークロードを倒しまくったり、マックスのことは気に食わないけど、変な空間に閉じ込められたのも今となっては良い思い出。
ダンジョン探索のついでにいろいろな土地を見て回ったよね。各地のダンジョンに入る前には必ず神社にお参りしたね。神社に行くたびにおみくじ引いて、もえきゅん☆はいつも世界平和をお祈りしてた。その横でわたしがずっと恋愛成就をお祈りしてたのは内緒だよ。
もえきゅん☆がガチの温泉好きなのには笑ったなあ。日本の名湯はほとんど回ったよね。草津の湯は肌に合わずに足湯しかできなかったね。温泉旅館に泊まって身体の洗いっこするたびに、わたし、もえきゅん☆とのスタイルの差に絶望してた……。タオルで背中をちょっと強めに擦ると赤くなるのがかわいくて、タオルで洗うふりをして、こっそり背中にスキって文字を書いてたんだよ。
映画を見たり、服を買ったり、カフェでお茶したり、公園でぼうっと犬が走りまわるの見たり、うちでごろごろしながら読んだマンガの感想を言い合ったり、そんなただの日常も、もえきゅん☆が隣にいてくれたから、わたしにとっては全部特別だった。
わたしは世界を守る冒険者を目指すほど、志の高い人間じゃない。
みんなが期待してくれればくれるほど、逆にどんどん冷めていく自分を感じるの。わたしはいつも自分のことしか考えていないんだなって笑えてくるんだ。ちっちゃい人間なんだよ。
冒険者になったのもなんとなく適性があったから。オーク召喚のスキル玉を手に入れようとがんばったのもアクア様に憧れていたから。
わたしの中でだんだんと、アクア様ともえきゅん☆が重なっていって、ただの1ファンでいるだけでは満足できないって感情が芽生えていったわ。憧れの好きから何もかもほしい好きに……。
もえきゅん☆はわたしのことを好きって言ってくれる。
でもきっと、わたしの好きと、もえきゅん☆の好きは違うんだと思う。
わたしはもえきゅん☆のことを……、モエのことを愛してる。
モエのすべてがほしいの。
「モエ……」
わたしはもえきゅん☆の名前を呼び、鼻の頭同士をぶつけて軽く擦る。
モエは、大きく2度瞬きをした後、わたしの名前をつぶやいた。
「麻衣華」
それから静かに目を閉じた。
お互いの唇が吸い寄せられるように近づいていく。
ああ、モエ……好き。
「いけません!」
唇同士が触れ合う瞬間、わたしとモエの顔は遮られて、強引に引き剥がされてしまった。
「お姉ちゃん!」
「ひどいよ、お姉ちゃん!」
わたしたちは、妨害してきた張本人のライトお姉ちゃんをにらみつけ、猛抗議する。
「ひどくありません! あなたたちはいったい今何をしようとしていたんですか!」
「なにって……ね♡」
「ね♡」
真正面から問いただされるとめちゃくちゃ恥ずかしい。
わたしもモエも頬を赤らめながらそっぽを向く。ニヤニヤが止まらないよ。
「妹同士でいけませんよ! お姉ちゃんはそんな悪い子に育てた覚えはありませんからね!」
「5年ぶりの再会なのよ! いいでしょ! わたしはモエのことが好きなの! どうしようもなく愛してるの! キスくらいしたいの!」
それはもう、見事にキレてやりましたよ!
せっかくの雰囲気をぶち壊されて、わたし、ホントに怒ってますからね!
「Oh my God……マイカ……あなたホントに」
「ちょっとー、神に祈らないでくれない⁉ 神様になんて言われたって、わたしは本気なのよ! 5年間ずっと悩んでたけど、やっぱり想いは変わらなかったの。ううん、むしろ強くなってる。もう抑えられないの……」
モエは帰ってこないかもしれない。
何度もそう思った。そう思おうとしたこともあった。
でも、好きの気持ちは消えるどころか、増すばかりだった。
「モエ……あなたは……」
ライトお姉ちゃんが、しばらく黙ったままでいるモエのほうを見る。
モエは小さく笑った。
「モエの気持ち? そんなのずっと前から決まってるんだぞ♡」
モエがわたしの胸に飛び込んでくる。
その勢いにバランスを崩し、押し倒されてしまった。
「出逢った時からずっと好き」
モエが覆いかぶさってくる。
勢いよく唇が押しあてられる。歯と歯が鈍い音を立ててぶつかり、その衝撃音が脳に響いていく。
「ずっと?」
息が苦しくなり、一度唇を離しながら、わたしは尋ねる。
「ずっとよ。モエの配信を見てくれている麻衣華がずっと好きだったの」
「ええ⁉ なんで⁉」
ただの視聴者だった。憧れのアクア様にコメントをするだけの存在だった。
それがなんで?
「好きに理由なんている? 最初から他の人とは違うって思ったの……。運命みたいなものを感じたんだぞ?」
「何で疑問形なのよ。そのわりにはそっけなかったり、からかったり、コメントでも、ううん、一緒にダンジョン配信するようになってからも、わたしが好きって言っても微妙にはぐらかしたりしてくれたよね……」
どうしてわたしの気持ちを受け入れてくれなかったの……。
「麻衣華がアクア様だけじゃなくて、少しずつモエ自身にも興味を持ってくれて、好きになってくれていくのはわかってたよ。とってもうれしかったの。でもガマンしてたんだぞ……。モエの好きを押しつけたら、若い麻衣華の未来を奪っちゃうかもしれないから……」
「そんなことない!」
もっと早くにモエの気持ちを知りたかった。
「麻衣華は学生だし、まだ子供だったから。もっと世間を知って、モエへの気持ちが気の迷いかもしれないって思ったら、ただの友達に……自然と離れられるように……その時モエの気持ちが重荷にはならないように……」
モエはどこまでも大人だった。
自分の気持ちよりもわたしの将来のことを考えてくれていた……。わたしがまだ子供だったから、わたしの心の成長が、モエに追いつけていなかったんだ……。
「でももう、わたしは大人になったよ」
「うん♡」
モエは泣いていた。笑いながら泣いていた。
「わたしはモエを愛しています」
「モエも麻衣華のことを愛してる」
再び唇が重なり合う。
今度はお互いの気持ちを確かめ合うようにゆっくりと。
吐息が熱い……。
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