第33話 モエは元気にしていますか?
「モエは元気にしていますか?」
ライトお姉ちゃんはそう言った。
ごく自然に。
当たり前のことかのように。
わたしはソファーから飛び跳ねるように立ち上がり、辺りを見回す。
「もえきゅん☆がここにいるの⁉ もえきゅん☆どこ⁉」
でも、もえきゅん☆の気配、魔力は感じ取れない。
『モエは元気にしています。A-010210……あなたたち人間がケートスと呼んでいるものと旅に出ています』
ゼロが言う。
モエは元気にしています。
その言葉が脳内をリフレインする。
モエは元気にしています。
ああ、もえきゅん☆が無事だった……。
生きてた。
良かった……。良かったよ……。
「もえきゅん☆……うえぇぇぇぇぇぇ」
わたしは泣いた。顔をくしゃくしゃにして泣いた。5年分の涙が一気にあふれ出た。5年間の間にもわりと頻繁に泣いてた? そんなのいいじゃないの……。
だってさ、もえきゅん☆が生きてたんだよぉ。
会いたい……。
「モエが元気で良かった……。名乗るのが遅くなりました。私はライト。モエの姉です」
ライトお姉ちゃんが立ち上がり、ゼロに握手を求める。
ゼロは、ただその手を見つめるだけで握り返そうとはしなかった。
『ライト。あなたのことも知っています。モエから姉という存在についても聞いています。私たちにはない概念です』
「姉は妹を守る者。人間の本能のようなものです。それはごく自然なことなのです」
『そうなのですね。モエは、姉とは偉大な目標で超えるべき壁という概念だと言っていました。情報に相違があるようです』
それを聞いて、わたしは思わず吹き出してしまった。
もえきゅん☆らしい説明ね。
わかる。お姉ちゃんは越えたいよね!
たしかにライトお姉ちゃんは偉大過ぎるから、超えるべき目標にするにはちょうどいいね。
「私が伝えた概念は、ごく一般的なものです。モエが言ったのは……その、私たち家族特有の話。少し特殊な事情かもしれません」
ライトお姉ちゃんがちょっと困った顔をしながら説明する。
でもそんなことよりも。
「もえきゅん☆に会いたい……」
無事ならどうして連絡してくれないの……。5年も音信不通で、心配で心配でおかしくなりそうだったのに……。
『モエはケートスから長距離空間転移を教わっているところです。しばらくは帰ってこれないでしょう』
「しばらく……もう5年も経っているのに……」
『私たちの感覚で、抽象的な表現を使いました。私たちは空間を移動しているので、地球に住む人間とは時間の流れ方が大きく異なるのです』
「それはどういうことですか?」
『まず前提として私たちは肉体を必要としていない。生と死の概念がなく、時間に縛られていないのです』
「お姉ちゃん……パス」
ごめん、ゼロが何言ってるかもうすでにわからない。
『空間も時間も自由に移動することができます。干渉せず、観察だけ行い、思うような結果出なければ、最初に戻ってやり直せばいい。すべての事柄をそう考えています』
「干渉をせずに、と言いましたか? 干渉すると何か不都合があるのですね? 干渉をするとどうなるのですか?」
『これは私たち空間を行き来する者たち独自のルールによるものですが、一度干渉した空間・時間に再度干渉することを禁じています。干渉された側が未来への矛盾を感知してしまうことを避けるためです』
「もう少し具体的にお願いします」
ライトお姉ちゃんが首をかしげる。
あ、ショートケーキおいしい! お姉ちゃんがんばってー。
『はい。少し前、ケートスが偶然地球を発見しました。その際に地球上の生物との対話に失敗しています。対話に失敗し、人間を傷つけてしまった』
「記録として把握しています。13年ほど前、神獣ケートスによる精神汚染で大規模な被害が出たと記録されています」
そこに居合わせた冒険者はすべて死亡。
如月さんから聞いたオスロA5ダンジョンの記録。
『あれは事故でした。私たちにも遣わしたケートスにも、人間を傷つける意図はなかったのです』
「それではなぜ、ダンジョンを破壊して精神汚染をしたのですか?」
『ケートスが試みたのは対話なのです。今こうして私とライトが対話しているのと同じ対話を試みました。しかし、ケートスは人間が繊細で壊れやすいことを理解していなかった。出力の調整がうまくいかず、小さく脆い肉体にダメージを与えてしまったのです』
「なるほど……。生物としての在り方が違うことによる事故……。たしかにそれは不幸な事故、と言えるかもしれませんね」
ケートスと比べてしまうと人間はあまりにも弱い。
ちょっと対話するつもりで精神に話かけたのに、脳を破壊するほどの大声になってしまった、とそういうことなのかな……。
『はい。そしてそれが私たちの言う「干渉」です。人間と出会い、人間と対話を試みるという干渉を行った。仮に二度干渉するということは、その事故がなかったことにするということです。ケートスを再び同じ空間・時間に出現させ、精神汚染を行わないように対話をする。そうすれば人間の死者はでなかったことにできます』
「しかしそれはルールで禁じている、と」
『そうです。ただそうしたとしても、人間を破壊してしまった別の干渉の事実を消すことはできない。未来が分岐するだけなのです。そうはせず、私たちは次の対話をするまでに人間の観察を行いました。しかし、次の対話も別の理由で失敗しています』
次というと、もえきゅん☆も参加したという――。
「6年前の千島・カムチャツカ海溝の海底ダンジョン。私も参加していました」
『人間の強度に合わせた対話を試みようとしたケートスに、人間は一斉攻撃を仕掛けました』
「オスロダンジョンで甚大な被害が出ていましたから、私たちにとってケートスは討伐する対象となっていました」
相手が対話するつもりで現れたなんて考えもしていない。
大規模討伐隊は予定した陣形での先制攻撃を行っただけ。
『予想外の攻撃を受け、ケートスは抵抗してしまった。落ち着いて対処すれば良かったのですが、パニックになってしまったのです』
「話をしようとしてきたのに、いきなり攻撃されたらショックを受けるしパニックにもなるよね……」
わたしでもそうなると思う。すれ違いが気の毒……。
『パニックに陥り、抵抗する中で、ケートスはモエの存在を認識しました』
「もえきゅん☆を?」
『人間の中では比較的強度が高く、対話が可能な冷静さを兼ね備えていると判断したようです』
「さすがもえきゅん☆」
でもライトお姉ちゃんもいたのになんでもえきゅん☆なんだろう?
『ケートスはその場は撤退し、すぐに次の対話の機会を設けています』
「次はわたしも一緒にいた未探索ダンジョン!」
『またそこでも対話に失敗しています。まさかいきなり空間檻に閉じ込められるとは思っていなかったので、ケートスはまたもやパニックに陥ってしまいます』
こうやって聞くと、ケートスかわいいね。
いや、めっちゃ強いしやばいんだけど、がんばって話しかけようとしてるのにいつもパニックになってるし。
『なんとしてでもモエと対話をしたいと考えたため、私たちはすぐに次の機会を用意しました。空間檻に閉じ込められてもパニックにならないように準備した結果、ようやくモエとの対話に成功しました』
「5年前のシアトルS1ダンジョンですね。あの数分間の間にモエとケートスの間で対話がなされていたとは……」
そんなことがあったとは想像もしていなかったね……。
事故で空間転移したものとばかり……。
『モエはケートスの話を聞き、自らの意思で、私たちのもとへ来てくれたのです』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます