第32話 ゼロとの対話

『アクア。あえてうれしいです』


 “ゼロ”と名乗ったゴスロリ少女が近づいてくる。


「ゼロ……さん? なんでわたしの名前を知っているの?」


 最大級の警戒。

 不用意に近づいてくるものは「敵」と認識したほうがいい。言葉を話していてもここにいるならモンスターだ。敵意を現した瞬間にこっちも反撃に出る。

 いつでも武器が取り出せるように準備。


『アクア。あいたかったです。アクアのすきなケーキあります』


 ローテーブルの上には、いつの間にかケーキスタンド、ティーポッドが用意されていた。

 鼻腔をくすぐる紅茶の良い香り……。


『こちらへどうぞ。えんりょなくおめしあがりください』


 ゼロに促されるようにわたしたちは黒いソファーに浅く腰掛ける。


『こうちゃをおいれします』


「あ、ありがとうございます……」


 反射的にお礼を言ってしまった。


 ゼロは慣れた手つきでティーポッドから紅茶をカップに注いでいく。ここで出会わなければ、脳内に話しかけてきていなければ、人間かどうかなんて疑うこともなかったと思う。


『どうぞ。カモミールティーです。かどなきんちょうじょうたいにありますのでリラックスしてください』


 そりゃね……。ここで落ち着けと言われても土台無理な気がするけど。


 ライトお姉ちゃんのほうを見る。

 これ、口付けていいもの? 毒? 罠? どうする?


「アクア、いただきましょう」


 ライトお姉ちゃんはそう言うと、ソファーに深く腰掛けなおした。そしてカモミールティーの入ったカップに口をつける。


「とてもおいしい。ありがとう」


 ライトお姉ちゃんの頬がほんのりピンク色に染まる。

 大丈夫なのね⁉ わたしも飲むよ⁉


 わたしもライトお姉ちゃんに習って、紅茶のカップに口をつける。


「おいしい!」


 即効性の毒は入っていない。

 疲れた体と心、血管の一本一本に染みわたってくるような心地よさ。体が求めていた安らぎの味だ。


『よかったです。さあ、ケーキもどうぞ』


 そう言ってお皿にサーブされたのはモンブラン。

 わたしが一番好きなケーキ。何で知ってるの?


「いただきます……。おいしいいぃぃぃぃぃぃ!」


 ふわふわのマロンクリームとメレンゲの割合が絶妙! 中に粗めの栗のペーストが入っていて食感も味も最高! こんなおいしいモンブラン食べたことない!


『よろこんでいただけてうれしいです』


 ゼロがにっこりと笑った。


「うれしい、という感情があるのですね? ゼロ、あなたは何者ですか?」


 ライトお姉ちゃんが尋ねる。

 ティーカップを手にしたまま、しかしその眼光は鋭い。


『わたしはゼロといいます。うれしいはわかります。こちらのケーキもどうぞ』


 今度はガトーショコラをわたしの前にサーブしてくれる。

 これもおいしそう……。


「ゼロ。あなたの名前はわかりました。ここは地球という星です。ゼロ、あなたはどこからきましたか?」


 ガトーショコラをフォークで刺したまま、わたしの手が止まる。

 お姉ちゃんはゼロを疑っている。それも地球外からやってきたと考えているようだ。


『ここはちきゅう。しっています。わたしたちはとおくからきました』


「地球の外からきた。そうなのですね?」


 ライトお姉ちゃんがゼロの言葉を繰り返す。

 ゼロは自分が地球外生命体であることを否定しない。


『ちきゅうのそとからきました。わたしたちはたびをしています』


「旅の途中で地球に寄られたのですね。ゼロはどんな目的で旅をされているんですか?」


『めずらしいものをさがしたり、うったりしています』


「珍しいものですか。地球で珍しいものは見つかりましたか?」


『にんげんというものをみつけました』


「私たち人間に興味があるのですね? 私も人間です。どんなところに興味を惹かれたのか教えてほしいです」


『はい。知的レベルは高いのに、肉体を維持し続けている。これは非常に興味深いです』


 それまでたどたどしく平坦だった言葉遣いだったのが、一気になめらかになる。


「地球の中で人間は特別な存在ではありません。他の生き物と同じように親から産まれ、成長し、子を成し、やがて衰えて死ぬ。その生命のサイクルの中の1つにすぎません」


『わたしたちに死の概念はありません。望むならその知識を共有することができます』


 死なない? 知識を共有って死なないようになれるってこと? どういうこと? 待って、考えがおいつかない……。


「ゼロ、あなたはその情報にどんな見返りを求めているのですか?」


 ライトお姉ちゃんがどんどん話を進めていく。

 わたしはいったん考えることを放棄して、紅茶のカップに口をつけた。


『見返りは不要です。わたしたちはただ人間に興味があるのです。たくさんの人間を知りたいのです。死から解放された人間がどう行動するのか、わたしたちはそれを観察したい』


「そうですか。ゼロの人間に関する知識はモエからの情報提供によるものですか?」


「お姉ちゃん⁉」


 今なんて言った?

 

 今なんて言ったの⁉


「この部屋はモエの部屋をモデルにしていますね。私の妹は、モエは元気にしていますか?」

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