第31話 コンニチハ
紫のモヤが晴れていき、徐々に視界が開けてくる。
眼前に浮かんでいるのは驚くべき光景だった。
「ここは……部屋?」
真四角に切られたざっと30㎡くらい、少し広めのリビングくらいの空間が広がっていた。
部屋と呼ぶには少し淋しい。コンクリートのように冷たく無機質な空間。床も天井もきれいに整えられた立方体の中にわたしたちはいた。
「閉じ込められましたか……」
ライトお姉ちゃんが後ろを振り返る。
見ると、通ってきた門は消えていた。出入り口のない立方体の中に閉じ込められた……。
「どうしよう……」
やっぱり罠だったんだ。
脱出手段がどこかに……。
「落ち着きなさい。ただ閉じ込めるためだけにこんな大掛かりな仕掛けをすることは考えにくい。相手の出方を待ちましょう」
「相手? ダンジョン主?」
ダンジョン主が駆け引きをしてきている、そう言っているのかな。
相手はモンスターだよ?
「ダンジョン主なのか、ダンジョン自体か、もしくは別の誰かかもしれません」
ライトお姉ちゃんは青い小瓶を取り出し、口をつけた。
罠感知強化ポーションか。わたしも飲んでおこう。
「何もない、ね……」
罠感知を強化してみても、引っかかってくるものは何もない。
「偽装を調べる?」
「いいえ、ここはどっしりと構えて待ちましょう」
ライトお姉ちゃんは胸の下で腕組みをしたまま一歩も動こうとしなかった。
この状況でのこの落ち着き……。見習いたい……。わたしは何もできないのに焦ってばかりいる。
「アクアは、この空間が何のために存在すると思いますか?」
腕組みをして前方を見つめたまま尋ねてくる。
「何のため……。わたしたちを捕らえるため? それか戦うため?」
わたしがダンジョン主だったら何をするかな。
「ただ捕らえておくための空間だとしたら、少し広すぎる気がします」
まあたしかに? 倒せないから閉じ込めるっていうことなら、もっと狭くてもいいし、門を作ってくぐらせてる意味も分からないかも。
「戦うにしてもそうです。それならさっきの隠し部屋で十分なはずです」
そうね。戦う場合でもわざわざ門をくぐらせる意味がないか。
「じゃあなんだろう?」
他に何が考えられるかな。
わからない。
「お姉ちゃんは、対話だと思っています」
「対話?」
「はい。私たちと対話を求めている相手がいる。回りくどい方法ですが、話し合い、交渉、情報収集、何らかの対話を求めているのだと思います」
対話。
言葉を交わす? モンスターと? そんなことが可能なの?
「いざとなればこの翻訳こんにゃくドリンクで――」
「そのアメリカンジョークはもういいから……」
たぶんモンスター相手にそのジョークは通用しないからね?
と、その時、どこからともなく風が吹き始める。
それを合図に、床や壁がざわざわと動き出す。
「さあ、始まったようですよ」
ライトお姉ちゃんが不敵に笑う。
また建築……が始まったのかな。
床には黄緑色の絨毯が、壁には白い壁紙が浮かび上がってくる。
地面から黒い革のソファー、ガラス質のローテーブル、テレビや本棚、間接照明など、様々な家具が生えてくる。
「すごい……」
たちまち、モデルルームのような部屋が出来上がる。
「これは……まさか……でも、たしかに……」
ライトお姉ちゃんがブツブツと何かをつぶやきながら、できたばかりの部屋を徘徊しだす。
「まさか、閉じ込めておいて、ここで生活しろってことかな?」
快適な生活環境、って感じだけど、目的は何だろう。
「いいえ、これはおそらく――」
ライトお姉ちゃんが何かを言いかけた瞬間だった。
『コンニチハ。ヨウコソ。コンニチハ』
脳内に声が響いてくる。
「何⁉ 誰⁉」
『コンニチハ。ヨウコソようこそいらっしゃいました』
機械音めいた声が、だんだんとなめらかな声になっていく。女性の声。少女の声、だろうか。
「この声はアクアにも聞こえていますか?」
「聞こえてる! ようこそって」
どうやらライトお姉ちゃんにも聞こえているみたい。わたしたち2人に話しかけている、ということか。
「こんにちは! わたしたちに話しかけてくるあなたは誰⁉ 姿を見せて!」
わたしは大声で叫ぶ。
どこかにいてこちらを見ているなら姿を現して!
『こんにちは。アクア。ようこそいらっしゃいました』
その声とともに、それは突然現れた。
見た目は人間。若い女の子。
わたしたちの眼前、数メートルのところに、それは突然降って湧いたように現れた。
『わたしはゼロといいます。よろしくおねがいします』
ゴシックロリータのワンピースを身にまとった少女は、平坦な声で“ゼロ”と名乗った。
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