第26話 熱いお茶が一杯怖い

 70階を超えてくると、さすがにモンスターを無視しきれないケースが出てくる。

 数体固まって道をふさがれたりすると、ちょっと面倒。そのまま押し通ると、背中に魔法攻撃浴びせられるとかね。

 なぜか60階を超えたあたりから、3階おきにゴースト階があってね……。


「またゴースト。わたし、ゴースト系のモンスター好きじゃない……」


「どうしました? アクアはお化け怖いですか?」


 ライトお姉ちゃんがマラソンしながら少しわたしの進路をふさぐように前に出る。


「いや……怖くはないんだけどね……」


 つい独り言を口にしてしまったけれど、理由はちょっと言いづらい……。はずかしい……。


「たしかにアクアはホラー映画は避けてますね。すぐにアクション映画を見ようとする」


「それはアクション映画が好きなだけだから! ホラーはスカッとしないし、急に脅かしてくるから嫌なの!」


「それを世間一般では苦手というのではないのでしょうか」


“ホラー怖い(メモ)”

“アクアちゃんかわいいw”

“様をつけろオーク野郎……でもかわいいw”

“≪ジャパニーズホラーは恐ろしい≫”

“精神的にくるからな……”


「あえて好んでまで選ばないだけで、別に怖くはないんだからねっ!」


 ホントよ⁉


「ゴーストはそうじゃなくて……エルダーリッチの時のトラウマがね……」


 今もたまに夢に見るのよね。

 もえきゅん☆がいなくなる夢……。


 ああ、すべて夢だったら良かったのに……。


「あれはすばらしい。迫真の演技ですね。お姉ちゃんはお気に入りリストに入れて何度も見ています」


「やめてよー。演技じゃないし……ホントに怖かったんだから……」


“主演女優賞!”

“同じくお気に入りに入れてるw”

“何度見ても良いものだ”

“≪私も見てみたい≫”

“これこれURL”

“thx”


「もうみんな嫌いよ……」


 人の不幸で楽しむなんて性格悪いわ!


「リッチはお姉ちゃんに任せなさい。Death Scytheがあれば怖くはない」


「お姉ちゃん……」


 魂を狩る者同士、強いほうが勝つ、か。

 どっちもリッチみたいなものじゃないの……複雑な気持ち。


 それにしても、お姉ちゃんは多方面に強すぎるのよね……。

 何か弱点とかないのかな。


「お姉ちゃんは何か怖いものとかないの?」


 とりあえず正攻法で聞いてみよう。教えてくれるとは思えないけど。


「ここらで熱いお茶が一杯怖いです」


 すました顔でまんじゅう怖い。

 ちょっと日本茶好きすぎない?


「……もういいわ。最近落語にハマってるのは知ってるし」


“≪落語は良い文化だ≫”

“≪落語を聴くために日本語を覚えた≫”

“≪寄席にいきたい≫”

“≪アクア、落語を一席お願いできないか≫”


「日本人がみんな落語ができると思わないでよ……。あれは修行に修行を重ねた名人芸なのよ」


 たまにいるのよね。

 日本人がみんな忍者で芸者で侍だと思ってる人。さすがに情報のアップデートはしてほしいわ……。

 

 あ、そうだ。良いこと思いついた!

 これならお姉ちゃんで遊べそうなネタだと思う!


「そういえばお姉ちゃん」


「なんですか?」


 ライトお姉ちゃんはこちらを見ずに答える。ただ前だけを向いて、道すがらゴーストを払いのけながら走り続けていた。


「最近参加した、あのコミュニティー、あれなんだっけ? 趣味が同じなら良い人いそうなんじゃない?」


「なっ……なぜそれを」


 おっと? 急にお姉ちゃんの走る速度が落ちましたよ?

 それと、ゴーストがバンバン逃げてこっちに来てますよ?


「んー、なんか最近夜中になると、お姉ちゃんの部屋から楽しそうな笑い声が聞こえてくるから何してるのかなーって」


「覗いたんですか⁉」


「えー人聞きの悪いー。義姉のしあわせを願う義妹の好奇心だよ♡」


 ええ、ばっちり覗きましたとも。

 どんな会話ログなのかも全部確認しましたとも。

 偽名を使って正体を隠してることもね。


“≪何のコミュニティー何だい?≫”

“≪お近づきになりたいのだが≫”

“≪ライトと通話できるのかい?≫”

“その話詳しく聞かせてもらおうか”

“趣味って何? 落語?”


「プライベートな話題は禁止です」


「えー、みんな聞きたがってるよー。みんなお姉ちゃんのこと好きなんだよ?」


「わざわざ偽名を使って参加しているのでそっとしておいてほしいです」


「そっとしておいて、だってさー。みんな悲しいね……」


 コメント欄をあおっていくー。


“ヒントだけでもちょうだい”

“≪ライトと会話できるとは、なんて羨ましいコミュニティーなんだろう≫”

“≪最近加入、趣味……ダメだ絞り切れない≫”


「ヒントだけでも出してあげようよー。それくらいならいいじゃないのー」


 よし、76階は先に到着!

 ああ、3勝34敗……もうダメじゃん。


「そこまで言うなら仕方ないですね。ですが、特定されない程度にしてください。事情を知らないコミュニティーの他の参加者に迷惑をかけたくない……」


 消極的だけど、一応配信のことを考えて譲歩してくれたみたい。

 やったね、みんな。


「お許しも出たところで、わたしからお姉ちゃんに3つの質問をするね。その答えがコミュニティーのヒントになっているよ。3つの答えが出そろったらこの話題は終了ね」


 さてさて、どんな質問にしようかな。

 さすがにすぐに正解にたどり着くようなヒントだと、お姉ちゃんもかわいそうだけど、ホントにお姉ちゃんのことが好きな人ならわかるようなヒントなら……それもありなんじゃない? なんてね!

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