第21話 ある朝の出来事

 いまだ日本の協会も世界のどこの協会も、神獣ケートスの動向はつかめていなかった。

 にもかかわらず、もえきゅん☆がいなくなったことは、すでに公になってしまっていた。

 もちろんわたしは配信上で触れていないし、協会からの公式見解も出ていない。それなのに、なぜだが去年の暮れ頃に『もえきゅん☆が極秘ミッションの最中に行方不明になった』という情報がまことしやかに囁かれはじめ、それが実際起きた出来事かのように報道されてしまったのだ。


 そのことについてコメント欄などで真相を知りたがる人もいたけれど、わたしもライトお姉ちゃんも沈黙を保ち続けた。


 日本所属のSランクはタローさんだけという情報は世界に公開されてしまった。でも、ライトお姉ちゃんとわたしが一緒に活動していることが功を奏したのか、日本の冒険者協会の立場が危うくなるような事態には発展していないらしい。

 と、冒険者協会日本本部の如月さんから聞いた。


 そんな感じで、如月さんとは定期的に連絡を取る間柄ではある。

 でもそれは、とくに浮いた話とかではなくて、単なる協会側の事務的な連絡役という感じだ。

 ちなみに部下の北見さんは寿退社して二児の母になっているらしい。おめでたいね。そして時の流れを感じずにはいられないね……。


 海外に活動の拠点を移しているのに、なんで日本本部の如月さん定期的に連絡を取っているかというと、わたしが今も日本の冒険者協会所属だからっていうシンプルな理由。

 それともう1つの理由が、ライトお姉ちゃんが毎年わたしのことをSランクに推薦してくれているからだ。

 まあその、なんだ……如月さんが「今回もSランク昇格は見送りになった」という定期連絡を担当してくれているという残念なお話ね。そのついでに世間話的に、世界の動向も教えてくれる、そんな程度の関係だ。



「おはよう、お姉ちゃん。今日はどこに行く予定だっけ?」


 わたしは、朝ご飯を食卓に並べるついでに、ライトお姉ちゃんに予定を尋ねてみる。

 今日はめずらしく事前に予定を聞かされていなかったからね。


「おはようございます。朝食はご飯におみそ汁、それとキングサーモンの西京焼きですか! おいしそうですね!」


 まだテーブルを見ていないのに、漂う香りだけですべての料理を言い当てられた。Sランクの嗅覚恐るべし。


「たまには和食もいいかなって。アメリカでおいしいお米を手に入れるのは難しいから、日本まで新米を買いに行っちゃったー」


「ええ? それならお姉ちゃんに言ってくれれば長距離転移ポータルを開けたのに。民間の長距離転移は高かったでしょう?」


「ちっちっちっ。わたしだっていつまでも一般のAランク冒険者とは違うのだよ」


 驚くお姉ちゃんをよそに、ドヤ顔で人差し指を左右に振る。

 ドヤドヤー。

 ねえ、聞いてくださいよーお姉ちゃーん。


「と、言うとなにかあったのですか?」


 聞いてほしそうにしているわたしの態度に気づいたのか、ニコニコしながら質問してくれる。


「それがねー! やーっと特例限定解除申請が通って、ダンジョン外での冒険者スキル使用が認められたのー!」


 本来Sランク冒険者にしか許されていない『ダンジョン外のスキル使用』だけど、この制限を解除する特例措置が存在しているのだ。

 この審査を通すまでに3年かかったけどね。


「つまり! 自分のスキルで長距離転移も自由自在なのです! えっへん!」


 もともとはもえきゅん☆のを見ていたのと、ライトお姉ちゃんの指導の下、転移魔法も習得済みなのでした。


「それはすばらしいですね。Sランクになるのもあと一歩ですね」


 2人でハイタッチを交わす。

 ライトお姉ちゃんは、まるで自分のことのように喜んでくれた! うれしい!


 でも、あとはSランクだよねえ。今度こそSランクの申請通るかなあ。

 落ちるとわりとへこむのよね……。


 Sランク審査の条件でわかっているものはいくつかある。


・Sランク冒険者、またはそれに相当する者の推薦状があること。

・世界にある冒険者協会本部10か所のうち過半数が承認すること。


 それ以外の審査項目は秘匿されている。

 各国それぞれの審査基準もありそうだけど、わたしがどの項目、どんな理由で落ちているかはわからないのが現状。

 推薦状はライトお姉ちゃんが書いてくれているから間違いないんだけどな。

 まだまだ世界での活動が知名度的な意味で足りてないのかなあ。もしかして、英語しゃべれないのが原因? ステータスはすべて7000オーバーになっているし、十分に基準を満たしているはず。それは如月さんのお墨付きももらっている。


「ねー。わたし、何が足りなくてSランクになれないんだと思う?」


 箸を並べながら尋ねる。


「お姉ちゃんはマイカの力ならもうとっくにSランクでも問題ないと思っています。だけど、もし、まだ足りない部分があるとしたら――」


 ライトお姉ちゃんが席に着く。


「あるとしたら?」


「おっぱい、ですね」


 いただきますのポーズで手を合わせるライトお姉ちゃんの胸は、それはそれは立派にたわんでいた。

 ええー⁉ ホントのホントに⁉ 冗談じゃなくて⁉


「そんな審査あるの⁉」


 反射的にさっと自分の胸元に目を落とす。

 悲しい……まるで成長していない。


「Sランク冒険者は各国のエースです。みんなの希望。広告塔。そしてアイドルですから、見た目やスタイルも重要ですよ」


「なん……だって……」


「お姉ちゃんが世界No.1と呼ばれているのは、最も美しく最もおっぱいが大きいからですよ」


「そう……だったのね……」


 説得力がありすぎて困る……。

 どうしよう……。

 アクア様巨乳化計画……。でもアクア様の魅力はそういうのじゃなくて……。


「もちろん冗談ですよ」


 ライトお姉ちゃんはそう言うと、すました顔でみそ汁をすすった。


「もう!」


 わりと本気にしちゃったじゃない!

 あやうく巨乳のアバターを作るところだったわ!


「大きさだけではダメです。形と色も大切ですからね」


「……マジ?」

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