第20話 5年の月日が流れていた

「アクア! そっちいきましたよ。止められますか?」


「OK、お姉ちゃん。いける!」


 大声で返事をしながら、わたしはそっとアバターをチェンジする。


 ≪Order change≫ to Avatar 04.


『Ready as ordered.』


「リフレクションシールド!」


 その間コンマ1秒。巨大な反射盾を展開。寸でのところで狂暴化した一角獣の群れを跳ね返す。


「シールド展開残り10秒! カウント8、7、6、5――」


「カウント2でいけます」


 ライトお姉ちゃんの瞑想が終わる。大丈夫! 2秒も余裕がある!


「3、2」


「Destroy The Earth.」


 目を閉じたまま、デュランダルが頭上高く掲げられる。

 

 と、辺り一帯が暗くなる。

 ほんの一瞬の静寂の後、地の底から地鳴りが上がってくる。

 

「End.」


 ライトお姉ちゃんがデュランダルを振り下ろした。

 

 合図を待っていたかのように地鳴りが一層大きくなり、ついに地面が巨大な口を開けた。


 それで終わり。

 地面に空いた穴は一角獣の群れをすべて飲み込み、ゆっくりと閉じていった。


 辺りはまた元の静けさを取り戻す。


「終わりましたね」


 ライトお姉ちゃんは小さく息を吐いた。


「今日も完璧だったよ!」


“Aランク一角獣変異種の群れをあっさりと”

“やっぱりすげーな”

“≪さっきのあいつら物理攻撃無効なんだろう?≫”

“関係ないね”

“まとめてペロリか”

“ライト&アクアシスターズに敵なしだな”

“≪シスターズはすばらしいね≫”

“≪ライト結婚してくれないか≫”


「お姉ちゃん、そろそろ誰かと結婚するのぉ?」


 冗談めかしてコメント欄を拾ってみる。

 ライトお姉ちゃんもそろそろいい歳だし……。


「アクアが一人前になるまでは私が結婚するわけにはいきませんね」


 言葉に遊びもなく、ばっさりと切り捨てられる。


 ずっと一緒にいるけれど、ライトお姉ちゃんから男性関係というか、ちょっとも浮いた話を聞いたことがない。

 いつだってトレーニングトレーニング。


「だってさー。残念ね。ライトお姉ちゃんはダンジョンと結婚してるから人間には興味ないみたいよ」


「そんなことはないですよ。私だって人間は好きです。だって人間はこんなにかわいいですからね♡」


 と、一瞬にして背後を取ってくる。


「おわっ! 危ない!」


 抱きつかれる瞬間にジャンプして回避。わたしだってこれくらいの不意打ちはかわせるように――。


「甘いです」


 足が引っ張られる感覚。

 ドスンとそのまま地面に尻もちをついてしまった。


「ひどい! 罠を張るなんて!」


 背後を取られた瞬間、すでに勝負は決していたらしい。足に見えないゴムが……。

 何魔法なのよ、それ!


「はい、つかまえました◆」


「くぅ……」


 背後から抱きしめられて、首筋にキスをされた。

 負けたからはしかたない。甘んじて受け入れる……。でもキスマークつけるのはやめてよ……。


“ナイスシスター!”

“アクア様チュッチュッ♡”

“今日もかわいいですね~”

“こんなに強くなっても負け続けちゃうアクア様好きw”

“ライトお姉ちゃんが強すぎなんよ”

“まだ成長してるのか”

“No.1の看板を守り続けてるのはすげーな”


 ずっと勝てない。

 この5年の成果として、わたしのステータスはオール5000を超えた。めぼしい攻撃の型、防御、魔法のスキル、すべて押さえた。それでもライトお姉ちゃんには遠く及ばない。

 この偉大なる壁を越えられないと、わたしはSランクになれないのかもしれない。


「大きくなりましたね。アクア」


 ライトお姉ちゃんが耳元で囁く。

 お姉ちゃんの手が、わたしの胸元に触れているのを感じる。急に意識させられる背中の弾力……。


「背はちょっと伸びたけど、胸はぜんぜん……」


 大人になったらもえきゅん☆みたいになれるって信じてたのに。

 

 もえきゅん☆がいなくなってから5年が経った。

 その間、わたしの見た目で変わったことと言えば、背が2cm伸びただけ……。


 だけどね、わたし、あの時のもえきゅん☆と同じ年齢になったんだ。

 もうお酒だって飲めるんだよ。

 もえきゅん☆がおいしそうに飲んでいたお酒、何て名前かなあ。

 一緒に飲みたいな。


 会いたい。


「アクア。あなたにはお姉ちゃんがついています。あなたが一人前になるまでずっとそばにいますから。大丈夫ですよ。あなたも私も1人ではないです」


 その言葉を聞いて、わたしの目から涙がこぼれてしまった。

 

 わたしがつらいのと同じように、ライトお姉ちゃんもつらいんだ。

 そう思うと、もう止まらなかった。

 声を上げて泣き続けた。涙を流せないお姉ちゃんの分まで泣いた。

 わたしが泣いている間ずっと、お姉ちゃんはわたしを抱きしめながら背中をさすってくれていた。


「ごめんなさい」


「落ち着きましたか?」


「うん……」


 ふいにコメント欄が目に入った。

 配信中だった。

 でも、みんな茶化すことなく、静かに見守ってくれていた。

 もえきゅん☆がいない悲しみは、わたしやお姉ちゃんだけが抱えているわけじゃない。配信を見ていてくれているみんなも、もえきゅん☆に会いたいんだ……。


 もえきゅん☆……今どこで何をしていますか?

 元気にしていますか?

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