第19話 今のわたしに何が足りないか

「アクア様、いつでもかかってきてかまいませんよ」


 ライトお姉ちゃんは、デスサイズを肩に担いで仁王立ちをしている。


「いきます!」


 そうは言ったものの、うかつに飛び込めない。

 隙だらけのように見えて、間合いに入った瞬間、ノーモーションで鎌が振られることはわかっている。


「来ないんですか? お姉ちゃんから攻撃しちゃいますよ?」


 そう言いながら、ニコニコしたままとくに攻撃動作には入らない。


 うーん、どうしよう。


 敵意を持って切り込むと、デスサイズの精神攻撃で魂が刈り取られてしまう。

 わたし自身の精神抵抗値に賭けて飛び込む?

 いや、さすがにそれで上回られたら死んじゃうからシャレにならないよね。


“アクア様びびってる?”

“あの鎌で攻撃されると死ぬw”

“やばいの?”

“前回配信を見るとわかるが、死神の鎌だから魂を吸い取るらしい?”

“やばすぎわろたw”

“≪ライトは本気ではないね≫”

“実力差があるから……”

“どれくらいの差があるんだ?”

“さあ?もしかしてもう火力は同じくらいなのか?”

“スピード勝負?”

“まさか。アクア様はまだAランクだぞ”

“でもここまでの成長速度は異常”

“期待しちゃう”

“≪アクアヒイラギは強いのかい?≫”

“日本の若手No.1かな”

“期待はしてしまうね”


 みんな好き勝手言ってるなあ。

 わたしだってスピード勝負に持ち込みたいよ。でも、飛び込むとあの鎌が……。


「ではこちらからいきますね」


 その言葉の直後、ライトお姉ちゃんの雰囲気が変わる。


 あ、やばい、ホントにくる。


 右足で地面を一蹴り。

 たったそれだけ。


 もう鼻と鼻が擦れるくらいに距離を詰められていた。


 あ、これ死んだ。


 わたしはそっと目を閉じた。


 柊アクアは異世界に転生します。

 スローライフで農業しながらユニークスキルで無双したいと思います。

 みなさんごきげんよう。



 ………………。

 …………。

 ……。


 ちらっ。

 

 ライトお姉ちゃんはデスサイズを担いだまま、目の前に立っていた。

 ちょっと怒っていた。


「ダメですよ。すぐにあきらめてはいけません」


「はい……」


「絶体絶命のピンチ。そこから何ができるか考えずに命を放棄したら、そこで試合終了ですよ」


「はい……」


 でも、一番の長所の素早さであれだけの差を見せつけられたらもう……。


“圧倒的かよ”

“また怒られ案件www”

“アクア様かわいすぎかよw”

“やばいな。こんなに差があるのか”

“世界No.1の看板は伊達じゃないってことか”

“≪まだ本気の速度ではないな≫”

“あれで本気じゃないのかよ。化け物か”

“まだまだ鍛えないとSランクには遠いのかねー”

“怒られてるうちが華よ”

“まだまだ伸びるって”


 実力差は自分が一番よくわかってるの。

 めっちゃ励まされると逆につらくなる。


「アクア様に必要なのは、ステータスを伸ばすことよりも、実戦経験ですね。迷ったら死にます。勝手に体が反応するまで実戦に身を置きましょう」


「がんばります……」


 戦っていればステータスは伸びる。

 とくにわたしのステータスはLUC≪幸運≫のおかげで他の人よりも格段にステータス上昇率が高い。同じ時間ダンジョンに潜っていても、ステータスはいつかライトお姉ちゃんに追いつく時がくるはず。

 でもそれだけでは強くなれないぞ、ということなんだよね。

 言っていることは何となくわかる。

 わたしが判断して、わたしが主体的に戦わないと得られない経験をしろ、ということなのだと思う。


 使える武器や魔法の系統を増やす。

 戦闘経験を積む。

 瞬時に判断できるようにギリギリの戦いをしていく。


 いざとなったらライトお姉ちゃんが後ろにいてくれる。

 だからわたしはギリギリの線をさらに一歩踏み越えてもきっと大丈夫。


 急いで力をつけなければ!



* * *


 そう決心してからしばらくの間、わたしとライトお姉ちゃんは配信を繰り返した。新しいアバターを増やしながら新しい武器の使い方を覚えていく。そんな繰り返しの日々を過ごした。


 半年くらいをかけて、習得すべき武器、魔法のスキルは押さえられたと思う。そして日本のAランクダンジョンはすべて制覇した。その頃には海外も含め、柊アクアの知名度はかなりのものとなっていった。


 さらなる高み、ギリギリの戦いを求め、わたしとライトお姉ちゃんは海外遠征をおこなうようになった。

 もうその頃にはライトお姉ちゃんから教えてもらうことは少なくなり、共闘するパートナーになりつつあった。


 そして、気づけば5年が過ぎていた。

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