第7話 配信中断~プライベートな話

「私の妹を返シテもらいに来まシタ」


 ライトさんはそう囁いてから、わたしの左耳を甘噛みした。


 え、妹……?


“耳噛んだ”

“何アメリカのアイサツ?”

“アクア様耳噛まれすぎw”

“もえきゅん☆もいつも噛んでるもんなw”

”嫉妬”

“間接キス”

“これはこれで ¥1000”


 ライトさんは、立ち尽くしているわたしから少し離れて距離を取る。

 と、腰につけたバッグから手のひらサイズの小瓶を取り出し、高々と頭上に掲げた。


「テレレレッテレー♪。翻訳こんにゃくドリンク~。これを~飲みマス! ゴクゴクゴクっとね♪」


 翻訳こんにゃく⁉ まさかあの秘密道具の⁉


 呆気に取られているわたしを尻目に、ライトさんは一気に小瓶の中身を飲み干した。


「ふぅ。わびぬれば今はたおなじ難波なる~みをつくしても逢はむとぞ思ふ~。どうですか? これで私の言葉は流ちょうな日本語になりましたか?」


 超ドヤ顔。

 え、なにこれ、やばい。

 本物の翻訳こんにゃくなの⁉


“翻訳こんにゃくドリンク、だと”

“アメリカはとんでもないものを開発してしまった”

“翻訳こんにゃくで短歌が読めるようになるのか”

“百人一首だ”

“アメリカすげ~”

“それ日本のアイディアだからな!”

“いったい何が起きてるんです?”

“我々は23世紀に来てしまったのか”



「柊アクア様。ご機嫌麗しゅうございます。先日から私のかわいいかわいい妹が行方不明になっています。あなたが隠していますね。すぐに返してください」


 腕を組み、値踏みするようにわたしのことを見てくる。


 とても丁寧な日本語。

 だけど、その言葉とは裏腹に、態度が非常に好戦的だ。

 

「えっと、あなたの妹さん?……ごめんなさい。わたしにはわからないわ」


「いいえ、アクア様、あなたは知っているはずです。冒険者協会から仕入れた情報を速やかにすべて渡しなさい」


「冒険者協会からの情報? 何のことですか?」


 ライトさんは何を言っているんだろう。

 見当がつかない。


「先日、妹がシアトルに来たことはわかっています。なぜ隠す?」


 シアトル……。シアトル⁉ まさか、妹ってもえきゅん☆のこと⁉


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっとタイム! ライトさんのプライベートなお話なので、一旦配信は中断します。みんなごめんね。また後で配信を再開するのでしばらく中断しますっ!」


 わたしは視聴者のみんなの反応を確認することなく、慌てて生配信を停止した。


 この話は絶対に公にしてはいけない。

 もえきゅん☆がいなくなったことは世界に秘密にしなければいけない。


 改めてライトさんのほうを向き直る。


「えっと、ライトさん……。あなたの妹さんは……もえきゅん☆……なの?」


「はい。モエは私の妹です」


 やはりそうなのね……。

 もえきゅん☆にこんなお姉さんがいたとは知らなかったよ。

 そう言われてみればどことなく目元のあたりが似ているような……あとはスタイルとか? 大人になったもえきゅん☆って感じ? いや、もえきゅん☆も立派な大人なんだけど!

 

「モエと私はY染色体の提供者が違います。でも私たちは姉妹です」


「Y染色体? お父さん?」


「そう受け取ってもらってけっこうですよ」


 なんか複雑な事情がありそう。

 異母姉妹というものなのかな……。


「妹がいなくなったことは、日本ではまだ公表されていないのですね?」


「そうです。冒険者協会から固く口留めされています。アメリカの協会にも情報は行っていないはずですが……」


 どこかから情報が洩れている? それだとするととんでもない大問題に発展する可能性があるからすぐに如月さんに連絡をしないと……。


「冒険者協会は無関係です。私が独自のルートで手に入れた情報ですから。妹が心配でここまでやってきました」


 ライトさんが自分の体を抱きかかえるようにして下を向いた。


「そうですか。姉としてやってこられた、そういうわけですね。もえきゅん☆のお姉さんにプライベートでということであれば、わたしの持っている情報をお話しします。でも、どこにも公表しないと約束してもらえますか?」


 家族に話すのはいい。如月さんからそう言われている。

 だから、もえきゅん☆のお姉さんに話すのは禁止されていないはずだ。


「わかりました。I promise.」


 ライトさんが胸に手を当てて誓いを立てる。

 わたしは小さくうなずき、それから話始めた。

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